檸檬 苦いか 酸っぱいか
5年日記が6冊目に入った。
読み返すと
大体春分の日辺りから
「冷やし中華始めました」をして
レモネードを作っている。
聖橋から放ったのでもなく
(featuringさだまさし)
米津玄師でもない
檸檬にまつわるエトセトラ🍋
8歳のジェラシー
ある日教室で
好きな飲み物の話をしていた。
マミー、カルピス、プラッシー。
(小学2年生の関心はそんなもん)

何の気なしに
「レモネードも美味しいで」
とわたしが言うと
「何それ?」とみんなが興味を示した。
元バーテンダーの父は
時々ちょっとした
飲み物やデザートを作ってくれた。
「蜂蜜そんなに入れるんか?
うまそう。今度飲ましてえや」と
クラスの子たちが言うのを
少し離れた席で聞いてたN子ちゃん。
「うちも飲んでみたい。 今日材料
買っとくから家に作りに来て」
と言い出した。
彼女にはよく意地悪をされてたから
(何か魂胆があるんやろなぁ)
と思ったけど、誘いに乗った。
手土産のお菓子を持ったまま
部屋には上げてもらえず
玄関でしばらく待たされた。
ようやく現れたN子ちゃんは
「そんなにレモン好きやったら
これそのまま食べて。でも絶対に
酸っぱい顔はしたらあかんで」
スライスしたレモンの皿を
グイグイ押し付けてくる。
N子ちゃんは
学級委員になりたかった。
好きなK君と。
でも1年も2年も
わたしに票が入って負けた。
その幼い恨みが、仕返しが
破られたノート
ランドセルに入った砂
上履きの押しピン…
そして今、目の前のレモン。
「わかった、食べるわ。
その代わりもう変なことせんといて」
表情は変えず
皮と種以外はキレイに食べた。
その日を境に
嫌がらせは少しだけ減った(笑)
「いちご白書」未遂
大学入学当時
熱心に勧誘されたのが3つある。
少林寺拳法、演劇部、学生運動。
結局、活動がゆるく
部室の居心地が良かった
美術部の幽霊部員に落ち着いたけど
○○派の活動家の女性は
秋近くなっても
わたしを諦めようとしなかった。
最初に喫茶店に呼び出された時
カバーを裏返しにした
分厚い本を差し出された。
「1週間で読んで」
続いて電話番号の書かれた
薄っぺらい紙。
「覚えたらトイレに流して」
(水に溶ける紙?スパイやん)
「何を見込まれたのか分かりませんけど、アルバイトと映画にたくさん時間を使う
つもりなので、ご一緒できません」
冷めたレモンティーが苦かった。
キッパリ断った気でいたけど
学内に、バイト先に、家の近所に
彼女の気配がしばらくあった。

その後、
学生運動が舞台の戯曲に
「東京では檸檬がいるんだよ、催涙ガスにやられたら思い切り檸檬を齧るんだ」
という台詞を見つけた時、
(あの人も齧ったことあるのかなあ)
とぼんやり思った。
さらにのち、
映画関係の仕事で知り合った男性に
(同じ大学、学部の10年先輩だった)
その時の話をしたら
「僕の時からいてたよ、彼女。
そうか…ずっと活動家やったんや」
と感慨深そうだった。
レモンちゃん
「落合恵子と申します」
受話器の向こうでその人は言った。
文化放送のレモンちゃん時代を
わたしは知らないけど
耳に届いた美しい声に驚いた。
東日本大震災の避難所に
絵本を届けるプロジェクトを
クレヨンハウスが呼びかけていて
娘と一緒に20何冊かを送った。
賛同者が多く、途中で募集を
中止したほどだったと聞いたけど
その1人ひとりに
ご自分でお礼の電話をするんだ、
と感心した。
1分とかからない。
でも忙しい合間をぬって。
「レモン」
アメリカのスラングで
「生意気な女」を
意味する時代があったらしく
そこから放送局が落合さんを
そう呼ぶようにしたらしい。
レモン上等💓

いいなと思ったら応援しよう!
こころよ
では いっておいで
by八木重吉
noteを開く時のわたしの心得です。
