下町音楽夜話 Reloaded 621「キースの音なのか、メロディなのか」
■■■本稿は下町音楽夜話621「キースの音なのか、メロディなのか」(2014年5月17日)に加筆修正したものです■■■
先日、渋谷のオーチャードホールで開催された、キース・ジャレットのソロ・ライヴに行ってきた。どうしても伝説的な「ケルン・コンサート」のことを思うと、一度は観てみたいものだと思っていたソロ・ライヴが、まさか実現するとは…というやつだ。昨年からやるぞということは伝わってきていたので、是非とも観てみたいとは思っていたが、音を立てるなと厳戒態勢で臨むコンサートの息苦しさを思うと面倒くさいかなとも思ったが、やればやったで歴史的なライヴになるであろうことは容易に想像がつく。行かない手はないだろう。この機会を逃したら、絶対に後悔するだろうと思ったのである。
通常は翌年のゴールデンウィークの最終日の予定など分かるわけもないのだが、3月いっぱいで退職するつもりでいたので、もう自分の判断で動けると思い、チケットは押えるだけ押えてあったのである。何はともあれ、大好きなオーチャードホールだ。一番好きと言っても過言ではない落ち着くホールだけに、否が応でも期待は高まってしまった。そして、十分満足を得ることができたことも事実だ。
猛烈な緊張感を伴うライヴ録音の現場というのも、なかなか新鮮な経験だったし、支払った代金以上の戻りがあったと思えるものだった。調子が悪くてフリー的な演奏に終始されても楽しめないなという不安はあったし、事実出だしはかなりフリーだった。それならまだスタンダード・ライヴのほうが良いかと内心後悔しながらも、前半の最終曲あたりからグングンよくなっていったように思う。休憩時間に感じた安堵感はちょっと忘れられない。
20分の休憩を挟んで50分、50分の2部構成、事前にライヴ録音するので、音を立てるな、携帯は電源を切れ、咳もするなというアナウンスに少々呆れたが、こういう場合、日本人は実に従順で協力的である。残念なことに、今回のハイライトと思われる前半最後の曲の途中で、誰かが物を落としてしまい、結構大きな音が響いてしまった。あの曲が収録されないのであれば、このライヴ盤は買う価値がない。
後半の何曲目かで、曲が始まった直後に咳をした観客がおり、演奏を止めて最初からやり直したことを考えると、かなりクオリティの高いライヴを作ろうとしていることは実感できた。あの場に居なければ、あの緊張感、そして本当にライヴなのかと言いたくなる完成度の高い演奏は、100%理解することが難しい。残念なことは、残響を楽しむ感覚のない観客がいたことだ。まだ残響が続いているうちから拍手を始めてしまうことには、思い切り怒りを覚えた。
ご本人は満足したかどうかは分からないが、5回もアンコールに応えていたあたり、調子は悪くなかったのだろう。事実、尻上がりに美しいメロディが出てくるようになったと思う。完全な即興なのかどうかというのは、誰も知りようがないことだが、楽譜も見ずに120分程度の演奏ができるだけでも超人的なことである。
ある程度ベースのメロディがあって、そこに気分で展開させていくというあたりが正解ではないかと思うが、いつものように集中し始めると唸るし、立ち上がるし、床を踏み鳴らす。観客に静かにしろという割には、ご本人は結構うるさい。あれがなければ、こちらももっと集中できるのだが、ああいう人なんだと思うしかない。立ち上がってグランドピアノの中をのぞき込むようにして、体をくねらせながら猛烈に速いパッセージを弾いている様は、何かピアノの調律が気に入らないのかと思いたくなるしぐさである。聴いている方も、何が起きたのかいろいろ気になっていけない。まあ、とにかく、凄い集中力だ。
正直なところ、ピアニストの唸り声はあまり好きではないのだが、最近はこちらも慣れてきたか、キース・ジャレットも普通に聴けるようになった。バド・パウエルやセロニアス・モンク、グレン・グールドも唸る。エロル・ガーナーはいまだに「ミスティ」以外は聴けない。…結構好きなピアニストに唸る人が多いわけだ。困ったものだ。
それでも、こういったピアニストの中でも、とりわけキース・ジャレットのピアノの音が好きなのである。以前から何度も書いているが、左手の強いピアニストがダメなのだ。要するにピアノの低音があまり好きではないのだ。大好きな「ケルン・コンサート」のA面も、低音をカットしているかと思いたくなるほど、中高音のみが美しい盤である。この部分はメロディも好きなので文句なしなのだが、これがなかなか咬み合わないのだ。メロディが気に入ったものは音質が気に入らない。その逆もある。今回のソロ・ライヴで何が嬉しかったかというと、音も、メロディも、どちらも好みのものだったということだ。まあ、唸り声とストンピングはしょうがない。是非とも上手く処理をして、素晴らしい「トウキョー・コンサート」をリリースしてもらいたいものである。
■2026年の独り言■
「CREATION」として部分的にリリースされたライヴですね。貴重な体験ではありました。
