清澄白河カフェのキッチンから見る風景 : トミー・ドーシー「インドの歌」
昨日自分が書いたSP盤の文章を読み返してみて、ふつふつと疑問が沸き上がってきてしまいました。同じ写真をヘッダーに再掲しますが、Victorが戦後に展開してくれたA盤という洋楽のシリーズが、実に興味深いものだったりするんです。まあ戦後とはいえ1940年代、つまり昭和20年代前半のレコードですから、当然普段聴きの音楽ではありません。そのA-1001、つまり、おそらく、Victorが戦後の混乱の中でリリースを開始した洋楽盤の最初の一枚が、トミー・ドーシーの「インドの歌」なんですよ。
ちゃんとコンポーザーとして、「リムスキー・コルサコフ」の名前が見えますね。ロシア5人組の一人、あのリムスキー・コルサコフですよ。同じく5人組の一人、ムソルグスキーと並んで、日本でも有名な20世紀初頭ロシアの作曲家ですな。「インドの歌」は、歌劇「サトコ」の1パートなんですよね。他にも、「熊蜂の飛行」とか「道化師の踊り」あたりがポピュラーでしょうか。私の微々たるクラシックの知識でも、ある程度は認識できている、コルサコフ先生です。
さて、トミー・ドーシーの方が実は疑問ふつふつでして、このトロンボーン奏者にして戦前の音楽シーンでは大活躍し、一財を築いた有名楽団のリーダーさんですが、実に素晴らしいメンバーに支えられておりました。ドラマーはバディ・リッチやジーン・クルーパなど、手数の多い人をアサインしていらっしゃったわけです。ヴォーカルでは、有名なところでフランク・シナトラがここでデビューしたんですよね。他にも結構好きなジョー・スタッフォードという女性歌手もおりました。要はジャズ寄りのポピュラー・ミュージックとでも申しましょうか、クラシック、クラシックした人では決してありません。

昨日の文章でも書きましたが、実は10インチ盤というものが好きでして、それなりに力を入れて集めていた時期もありました。その中に、オーケストラをバックにした白人女性歌手の盤が何枚かあるんです。これが素晴らしくゴージャスでして、普段のロックやジャズを聴くのとは別人格の自分が出てきたときは、この辺りを中心に楽しんでいたりします。そんなわけで、SP盤時代の音源にも少しは興味があるわけなんです。ピンキー・ウィンタース、ミンディ・カーソンあたりと並んで、ジョー・スタッフォードの上品なヴォーカルが、古き良き時代へといざないます。



まあ、この辺が自分の中で全然繋がっていなくて、つまり大好きなジョー・スタッフォードがいたトミー・ドーシーの楽団が、戦後一発目に起用され、ロシア5人組のお一人、リムスキー・コルサコフが書いた「インドの歌」をやっているわけなんです。終戦後、アメリカの音源をどう売ろうとしたかという疑問もありますが、アメリカの有名楽団が演奏する、ロシア人がかいたインドの歌というところで、世界平和を建前にして売り出したかと思うわけなんです。
それにしても、この曲は有名だったんですかね?人気があったかどうかも全然わかりませんが、これがどんな風に聴かれたんですかね?終戦後の混乱とイメージが結びつかず、何とも不思議な気分になります。そして、「まさかないよね…」と思いつつ検索してみたら、しっかり出てきましたよ。YouTube凄いですね。こんなのまであるんですね。なるほど、トミー・ドーシー的なアレンジですわ。
そして、この貴重なSP盤がどうして自分の手元にあるのか、YouTubeで聴きながら、あらためて思い起こすに、もう奇跡ですよね。結構な状態でこんな盤が令和3年に現存するわけですから。残念ながら蓄音機のない環境ですから、針を通されることはないのでしょうが、憧れの「犬のマークのビクターがお届けするS盤アワー」でかかっていた、いにしえの曲よりも、さらに古い音源なんでしょうからねぇ。…まじ、古いっすね。
