見出し画像

下町音楽夜話 Reloaded 384「スティーヴン・スティルスの高揚感」

■■■本稿は下町音楽夜話384「スティーヴン・スティルスの高揚感」(2009年10月31日)に加筆修正したものです■■■

先日、ひょんなことから、ジョン・レノンのトリビュート・アルバムを耳にする機会があった。ビリー・プレストンとデヴィッド・T・ウォーカーが中心となったバンドの演奏なのだが、ここにいろいろなゲストが参加するのだ。スティーヴィー・ワンダーやジョー・サンプル、ウィルトン・フェルダーにボニー・ブラムレットといったラインナップである。

その中の一曲「カム・トゥゲザー」では、スティーヴン・スティルスとデヴィッド・T・ウォーカーが猛烈なギター・バトルを繰り広げていて、かなり興味深いテイクに仕上がっているのである。このテイクを耳にしてからスティーヴン・スティルスが気になってしまい、昔買い集めたアナログLPを引っ張り出してきて、あれやこれや聴いたりしているのである。

そもそも、スティーヴン・スティルスは、バッファロー・スプリングフィールドやCSN&Yなどといったフォーク・ロックのグループに在籍していたことから、アコースティック・ギターの名手のように思われがちだが、彼のソロ・アルバムにはかなりハードな曲も収録されており、エレクトリック・ギタリストとしても相当のものである。

とりわけ、ファースト・ソロにはジミ・ヘンドリックスが参加したこともあって、コレクターは状態のいいアナログLPを血眼で探しているといったところなのだが、ここにきてアナログ盤が再発されるという。最近は、名盤をデジタル・リマスタリングして180gの重量盤で売り出されるものが多く、新品のアナログLPの発売情報にも注意しておかないといけない状況なのである。そうは言っても、オリジナル盤を探し求めているようなコレクターには、どうでもいい話かもしれないが。

どういった事情があるのかは知りようもないが、スティーヴン・スティルスのソロ音源を集めたベスト盤は、いまだに特定の時期に限定したもの以外はない。個々のアルバムは、1995年に早々リマスタリングされたきり放置状態が続き、昨年久々にSHM-CDがリリースされた。彼がクリス・ヒルマンと結成したマナサスなどは、1枚目は何度かCDが再発されているが、2枚目は1988年に一度きりリリースされたまま、やはり放置されていた。それが、最近ようやく動きが出てきたのである。マナサスのアルバムはアナログ盤も含めて再発されるし、ライヴ盤も発売される。加えて、マナサスに関しては、アウトテイクス集もリリースされたのである。ここにきて、何か起こっているのだろうか?

「マナサス・ピーセズ」と名づけられたこのアウトテイク集のCDは、なかなかクオリティの高い録音で、権利関係の怪しいものとは一線を画している。さすがライノ編集といったところで、完全なマスターが残されていたのかと思いたくなるほどだ。選曲はスティーヴン・スティルスがあたっているようで、彼の色が濃い曲が並ぶ。マナサスは大所帯のバンドでしかもクリス・ヒルマンやアル・パーキンスなどといった有名ミュージシャンも複数在籍していたが、世の中の取り上げ方はあくまでもスティーヴン・スティルスズ・マナサスだった。結局短命に終わった原因もこの辺にあったのではと思いたくなるような状況だったが、バンドの運営もなかなか難しいのだろう。

しかし、「マナサス・ピーセズ」を聴いたところで、やはりスティーヴン・スティルスの色が濃いことは歴然である。後半のブルーグラス的な曲では、クリス・ヒルマンの色が強く出ているものも並んでいるが、やはりアルバム全体の色彩はスティーヴン・スティルスのものだ。

彼のギターは独特の味わいがあって、ちょっと浮遊感が漂う個性的なものなのである。オープンDチューニングらしいが、他のロック・アルバムにはない高揚感もしくは爽やかさのようなものが漂っているのである。そういった意味では、CSN&Yがもっていた爽やかさは、彼のギターにも起因するのではと思ってしまい、さらにいろいろと当ってみることにしたのだ。今となっては、CさんもSさんもNさんも、みなYさんの人気に影が薄くなってしまったようだが、短命に終わりながらもロック史に名を残すCSN&Yのアルバムは、やはりよくできている。そもそも良いメロディをもった曲の粒が揃っていたのだ。

それでも、自分の場合は聴き方が他の人とは違っているのか、単純に1×4=4以上の付加価値が生み出されたCSN&Yがイチバン、というようには感じてはいない。お互いが化学反応のように触発しあってすばらしいものができることは往々にしてありうるが、どうも遠慮が見え隠れするというか、きれいにまとめようとしたのではと思ってしまう部分が気になるのだ。

「ウッドゥン・シップス」や「デジャ・ヴ」、「アワー・ハウス」など本当に美しい曲だと思うし、素晴らしいコーラスワークは確かに評価もされよう。また時代を色濃く反映した重要曲、「オハイオ」や「組曲:青い瞳のジュディ」のような大作も素晴らしい。しかし、期待しすぎなのかもしれないが、4人ものフロントマンは必要ないし、せっかく個性的な連中が集まっているのであれば、もう少しその個性を生かしたかたちで曲のバリエーションが豊富でも良かったのではなかろうかと思ってしまうのだ。どうもロック的、フォーク的、カントリー的な各曲がきれいなコーラスでまとめてあるために単調に感じてしまい、通して聴くには飽きやすいのである。

結局のところ、自分の場合、スティーヴン・スティルスでいえば、ファースト・ソロの一曲目「ラヴ・ザ・ワン・ユア・ウィズ」の高揚感に尽きるのだ。またニール・ヤングとて、40年以上にわたる多彩かつ旺盛な活動の結果を見ても、「孤独の旅路」や「オールド・マン」を超える曲は書けていないように思うのだ。どうもこの二人に関しては、突出した曲があるせいで、ほかの場面においても過度の期待を寄せてしまうようなのだ。また、デヴィッド・クロスビーとグラハム・ナッシュに関しては、他人のバックについたときのコーラスの素晴らしさは認めるが、個人的にはこれといった曲がないので、どうしても影が薄く感じてしまう。

さて、下町の秋は短い。湿気のせいか残暑を引きずるように感ずるが、キンモクセイの爽やかな香りが街のあちこちで漂いはじめたら、もう秋は一気に深まっていく。そうこうしているうちに紅葉の季節となるが、その頃、朝晩の気温を見るともう冬がそこまできているようなものだ。温暖化のせいか、12月にならないと銀杏並木も色づかない昨今、10月から11月にかけては、冬支度といった重苦しさもなく、意外なほど快適な日々となる。

以前は紅葉でしか秋を感ずることができない感性の持ち主だったが、年齢のせいか、体が楽に感じ始める初秋のキンモクセイの香りのほうが、近年は好ましく思えるようになった。イメージ的にCSN&Yのアコギとコーラスが聞こえてきそうな爽やかさが感じられるこの時期がもっと長く続けばいいのにと、贅沢なことを考えている下町のオヤジであった。


■2026年の独り言■
結局スティーヴン・スティルスは「ラヴ・ザ・ワン・ユア・ウィズ」以外を聴くことがありません。御縁がない印象です。


いいなと思ったら応援しよう!