下町音楽夜話 Reloaded 254「いざ鎌倉」
■■■本稿は下町音楽夜話254「いざ鎌倉」(2007年5月5日)に加筆修正したものです■■■
パット・メセニーとブラッド・メルドーという、現代ジャズを代表するギタリストとピアニストのコラボレーション自体、とんでもない出来事なのだが、その二人が一緒に来日してコンサートをやってくれるという。ブラッド・メルドー・トリオのライヴについて書いた第222曲でも触れているが、2人の共演を、残響のいいホールで観たいと強く願っていた。そして、それが現実のものとなるのだ。
ただし、222曲で望んでいたように、東京公演はタケミツ・メモリアルではなかった。NHKホールだという。実は、カミさんの仕事の都合で、しばらくライヴに足を運ぶことは控えることになっているのだ。4月からとても忙しい身になってしまい、ただでさえ自分も忙しいものだから、しばらくは100%仕事に集中できるようにライヴはなし、ということになっていたのだ。それでも土日であれば何とかなるか、という程度まで状況が見えてきたので、土日に開催されるコンサート情報を片っ端からあたり、このメセニー/メルドーのカルテットのチケット情報を見つけたのだった。
東京ではNHKホール2回だが、いずれも平日である。土曜日に開催されるのは、鎌倉芸術館という、以前から気になっていたホールである。ここなら、休みの日であれば、行けなくはない。以前から一度行ってみたいと思っていたホールなので、一石二鳥もいいところである。これを観ずしてメセニー/メルドーを語ることはできまいというものだ。何としてでもチケットを確保せねばと思い、とりあえずプレ・リザーブで申し込んだら、B席ではあるものの、いきなり確保できてしまった。まさかとは思うが、こんなに凄い取り合わせなのに、こうも簡単にチケットが取れていいものだろうか?宣伝不足なのだろうか?そういえば、昨年ブラッド・メルドーのトリオを観たときも、随分空席があるなとは思ったが、日本ではあまり人気がないのだろうか?いや、そんなはずはないのだが。
鎌倉芸術館は、1993年にオープンした鎌倉市が所有する公共施設である。昨年までは、鎌倉市芸術文化振興財団が運営していたが、今年からは市が直接運営しているようだ。鎌倉芸術館は鎌倉市とはいえ大船駅から歩いて10分ほどの場所にある。大小2つのコンサートホールを含めた、複合的文化施設である。1500席の大ホールは聴かせるホール、600席の小ホールは観せるホールと位置づけているところが、実に面白いし納得がいく。その謳い文句が的を得ている証拠に、平面図を見ると小ホールの舞台が大ホールの舞台よりも大きいのである。大ホールは典型的なシューボックス型で、コンサート専用であることが分かる。これは音のよさそうなホールだということが、インターネット上の小さな写真を見るだけで判る。何とも期待させる施設なのだ。
実は、この芸術文化振興財団の活動が以前から気になり、今回財団の運営から外れてしまった鎌倉芸術館の行く末が心配なのだ。この財団は、古都鎌倉のよさを、単に歴史的な建造物の力を借りてアピールするのではなく、「この町では、何気ない景色の中にアートが潜んでいる」ということを、いろいろ紹介していたことがあり、そのセンスのよさに感心したのだ。
一方で、多くの文人から愛された鎌倉らしく、この財団は鎌倉文学館も運営している。鏑木清方記念美術館もあるが、やはりこの前田公爵別邸を改装して作られた文学館が白眉である。やれ、指定管理者制度の導入などが裏にはあるのだろうが、今回、鎌倉芸術館の運営から外れたということが残念でならない。アートや文学の世界に、あまり商売っ気を持ち込まないで欲しいなというのが、正直な気持ちだ。「商売にならないイヴェントはやらない」などという連中が運営しているような施設では、ろくな楽しみは得られまい。
さて、9月の来日が待ち遠しいメセニー/メルドーのお二人だが、昨年の「メセニー/メルドー」に続いて、「カルテット」とネーミングされたアルバムをリリースしてきた。残る2人はベースのラリー・グレナディアと、ドラムスのジェフ・バラードである。つまり、ブラッド・メルドー・トリオにパット・メセニーが加わったというメンツだが、ラリー・グレナディアは、パット・メセニーのトリオにも在籍しており、この男を中心にしてこの2人の天才の邂逅が実現したのかと思うほど、今回のアルバムでも存在感を増している。パット・メセニーは前作よりも、エレクトリック・ギターやギター・シンセを多用し、ブラッド・メルドーの手数の多いピアノの音に負けないようにした節が見受けられる。パッションやバランス的には、前作の音の方が良かったかも知れないが、聴いていて面白いのは、今回のアルバムのほうが圧倒的に上だ。
何はともあれ、1曲目、「ア・ナイト・アウェイ」である。今回は、パット・メセニーとブラッド・メルドーの共作曲は、これ一曲だけだが、残りはパット・メセニーが7曲、ブラッド・メルドーが3曲の自作曲を持ち寄っている。そういった意味からもややパット・メセニー色が濃くなっているのかも知れない。とにかく、この曲、ほかのパット・メセニーのソロ・アルバムやトリオやグループのアルバムに収められている曲と比較しても、かなりよくできている。印象的なメロディとエモーショナルなフレーズが、抑えの効いたリズムの上を駆け巡る。2人ともかなり力の入ったソロを展開し、至福の7分59秒があっという間に終わってしまう。とにかく、封を切って最初にこのCDを聴いたときも、2曲目に行かずにいきなり1曲目をリピートして聴いたほどだ。ぜひとも、ライヴで聴きたい曲の代表である。もう一曲、「トゥウォーズ・ザ・ライト」という曲も、ギター・シンセに持ち替えているが、同様に素晴らしい。一方で、かなりアヴァンギャルドなギターが咆哮する曲もあり、随分バラエティに富んだアルバムでもある。
さて来日公演は、まだ5ヶ月も先の話だが、実に楽しみだ。本来なら真冬に強めの酒でも飲みながら聴きたい音楽のようにも思えるのだが、9月末という秋風が吹き始める頃に聴くのも悪くはなさそうだ。寒風が身に沁みて、温もりが恋しいような季節には、熱いジャズはよく似合う。この稀有の天才2人の共演を記録したこの音楽は、純粋なジャズとは言えないのかも知れないが、ラリー・グレナディアの熱を内に秘めたようなベースの上で、奔放に駆け巡る2人の熱いソロを聴くと、やはりこれが現在形のジャズなのかと思わなくもない。しかも、クオリティは滅多やたらと高い。こんなに素晴らしい音楽を「生で聴ける」ことの幸せといったら、これ以上望むべきではないではないか。日本公演の最終日にあたる鎌倉公演が、満員御礼状態で熱く盛り上がることを、強く期待せずにはいられない。
■2026年の独り言■
ここで触れられている「ア・ナイト・アウェイ」、本当に佳い曲です。読み直してまた聴きたくなってしまい、聴いておりますが、パット・メセニーの曲の中でも本当に好きなものです。
鎌倉市芸術文化振興財団に触れておりますが、おそらく相当の好き者がいるのでしょう。江東区の文化コミュニティ財団にも野呂達矢さんという好き者がいらっしゃいますな。ああいう組織全体のレベルを押し上げるような人間がこの世界には少なからずいるんですよ。
