数字で説明できることがロジカル?
BASE株式会社執行役員の柳川です。金融事業の事業責任者をしています。
私はエンジニア→PdM→事業責任者というキャリアを歩んできました。
現在は事業戦略、プロダクト戦略、組織戦略全ての責任を持ちながら、事業責任者を務めさせていただいています。
今回はアーノルド・ミンデル博士の3つの現実モデルという理論を知り、ポエムが書きたくなりました!なので書きます。
3つの現実レベルとは
人は現実を3つの階層を行き来しながら現実を理解しているという理論です。
コーチングとかプロセスワーク方面で使われる話だと思われます。
3つの階層はそれぞれ全て大切なんだけれども、それぞれ違う。議論が噛み合わないと言うのは階層が噛み合っていないと言うことなんだ。というのが大筋の話になります。
具体的な3つの階層は次のものになります。
合意的現実レベル
目に見えて合意できる現実
ex)事実/数字/結果
ドリーミングレベル
言葉にできるもの
ex)気持ち/願い/恐れ/感情/感覚
エッセンスレベル
言葉にし難いもの
ex)直感
この3つの分け方がしっくりきた上で、確かにこの分類を知っていると悩むことが減るなと思ったので以下に事例を書いていきます。
合意的現実レベルの話をして否定されたとしても合意的現実レベルの話ができていないわけではない
人の説得を試みる時、特に経営会議などの決める場で合意を図る時、合意的現実レベルで握りにいこうとします。そして合意的現実レベルで握りにいく技術に上手い下手はあります。
ゆえにうまくいかないと自分は合意的現実レベルの話ができていないのだと感じることありませんか?つまり自分は数字での説明をする力が弱いのだ、と思ってしまう瞬間があるのではないでしょうか。
実際に経営会議の場などでは合意的現実レベルの話が行き交いますのでその流れの中で指摘されると、自分には数字や事実の説明力が足りないのだなと感じると思います。
しかしこのパターンのうち、ドリーミングレベルでの合意ができていないことが問題であるパターンがそこそこあるのではと感じています。
議案を承認する立場で言い換えると、ドリーミングレベルでの合意ができていないと感じているが、そこよりも突っ込みやすい合意的現実レベルの話を指摘するパターンが多くあるような気がしています。
この行き違いについてさらに考察してみます
自分が議案を通す立場の場合
本当に合意的現実レベルの指摘をされているのかを考える。
合意的現実レベルの話をしていて、それに対して合意的現実レベルの話の指摘をもらった。これはシンプルに考えると自分が合意的現実レベルの話ができていないということを示すと思いますよね。
でも合意的現実レベルの話がガバガバでも、すっと話が通ることがあると思いませんか。
自分がそれができるかはおいておいてそういう場面を見たことがある人は多いはず。そしてそれがズルだと思ったことがある人もいるはずで、あの人が言うから通るんだと感じたことがある人もいるはず。
でも3つの現実レベルを知った上で考えて見ると、ドリーミングレベルでの合意ができているから通るのだと言うことで説明できるのではと思うのです。逆にいうとドリーミングレベルでの合意ができていないと、どんなに合意的現実レベルの話ができていたとしても良い反応は貰えないです。どんなに合意的現実レベルの話ができたとしても、「まあ理屈ではわかるけど」みたいな反応になりがち。
ここで何が言いたいかというと短期的には、理屈を知って気を確かに持ちましょうということ、中長期的には3つの現実レベルについて理解がある議論が相互的にできるようになると良いねということです。
自分が議案を承認する立場の場合
ドリーミングレベルでの合意ができていないと感じているのに、指摘しやすく感じてしまう合意的現実レベルの指摘をしていないか問い直す。
実は合意的現実レベルの指摘をする方が楽なのです。ロジカルに見えるし感情と事象を切り離しているように見えるから賢く見える。賢そうに見られたい!
でもそんなこと実際にはどうでもいいのです。本当の意味で議論し合意を得るためには合意的現実レベルとドリーミングレベルとエッセンスレベルをぐちゃぐちゃに行き来しながら議論するべきなのです。その様は無様で滑稽かもしれません。でも何よりも芯を食っているのです。
大事なのは、ぐちゃぐちゃに行き交っていて、それでもどこの話をしているかの共通認知を議論している全員で持つことです。最初はうまくいかないかもしれないですが、根気強くチームや相互で合意をとりにいくべきだと思いますし、それが自在にできるのが心理的安全性が高いということなのかなと思っています。
「こいつ話通じないなー」じゃないのです。フォーカスするレベルが違うだけの話で、大事な話をしているのです。
それっぽい話だけして議論が終わるのは最悪だと思いませんか。そんなのは議論ではないし、そんな時間はない方がいい。指摘した気になれるし、相手にも伝わったぽい雰囲気でますけど、合意的現実レベルだけで話すのは意味ないです。
合意的現実レベルの話がしっかりできていない場合も当然ある
合意的現実レベルの話が求められているのに、ドリーミングレベルの話をしてしまう。ゆえに噛み合わない。めちゃくちゃあります。僕は正直こればっかりです。合意的現実レベルの話なんて記号だから意味ないじゃんぐらいに思っています。これはこれで良くないと反省しています。
3つの現実モデルの話を知ったゆえに、もう少し合意的現実レベルの部分を伸ばさないといけないなと思っている次第です。
でも得意不得意はあります。僕はドリーミングレベルの話はめちゃくちゃ得意で、それは強みになります。
似たような特性の人に言いたいのは、ロジカルじゃないとか言われても落ち込まないでと言うことです。
あと裏技ではありますが、合意的現実レベルはスキップできるんですよね。自分で手を動かして既成事実を作ったり、本当に少人数だけドリーミングレベルで既成事実を作ったり。とにかく既成事実を作ることでスキップできたりする。
でも責任が増えたり大きいことがやりたくなった時にはスキップはできないから向き合わなければいけない。
でもね、ドリーミングレベルとエッセンスレベルが充足してない合意的現実レベルほど空虚なものは無いよ。
ゆえにドリーミングレベルとエッセンスレベルを高速で行き来して育てた後に合意的現実レベルを育成するのいいと思うんですよ。
多様性がなければドリーミングレベルとエッセンスレベルの話だけでいい
実は多様性がなければドリーミングレベルの話で通じ合うんです。共通認知から始まるので細かい具体の説明が要らず共感で乗り越えられる。でも多様性があると、合意的現実レベルで合わせないといけない場面が出てくる。これはめんどくさいことではあるのだけれど、大事なことなのです。
「早く行くなら1人で、遠くに行くならみんなで」的なやつです。
いつの間にかドリーミングレベルの話で通じ合うことに慣れて、甘えていないか考えなければいけないですね。
ドリーミングレベルで通じている集団に、多様性を生むべく異質な人が入ると辛い。なぜかロジカルじゃないみたいな扱いをされたりする。
辛いけど大事だから、大丈夫だから、間違っていると思わず頑張れ。
レベルが高いとか低いとか優劣があるわけではないよ
この話の行き着く先は、合意的現実レベルの話ができるようになろう!と言う話ではないです。
大事なのはそれぞれの現実レベルに優劣はないということです。むしろ補完関係にある。
自分に足りないところ力はどこか、今起きている議論で足りない部分はどこか、噛み合っていないなと感じる時に軌道修正できるか、そんなことが大事なんだと思います。
コミュニケーションは相互作用なのでレベルを合わせるのが大事なのです。
(レベルって言葉が誤解を生むよな。いい言葉は思いつきませんが。)
悪用もできるよ
意図的に現実レベルをずらして議論することで、相手を論破したっぽい雰囲気を醸し出すこともできます。いわゆる論破系ってやつですよね。見え透いてるけど結構その場では効果あるんですよね。
くだらないので辞めましょう。
議論を噛み合わせるためにも3つの現実レベルを意識しよう
3つの現実レベルそれぞれ、どれが得意で、どれを重視するか人によって変わります。TPOによっても変わるでしょう。
それらを認知しつつやっていけると、生きづらさが多少改善されるかもなとか思います。
多少改善されても辛いものは辛いので話しましょう。話して見つめ直して乗り越えよう。
