利権を壊したあとに草を刈るのは誰か──それでも自民党が地方で勝つ理由
【要点3行】
自民党が地方で勝つのは、地方の人が非合理だからではない。
市場に任せれば消えてしまう地域の生態系を、自民党が非効率ごと抱えてきたからだ。
問題は利権を批判することではなく、利権を剥がしたあと、誰が地方を維持するのかである。
序|なぜ、まだ自民党なのか
物価は上がる。米も高い。
政治とカネの問題は繰り返され、地方では高齢化と人口減少が止まらない。それでも選挙になると、自民党は地方で強い。
外から見れば、不思議に思える。
なぜ、これほど長く政権を担ってきた政党を、地方の人たちは今も選ぶのか。
昔からの付き合いだから。
農協に言われるから。
変化を嫌う高齢者が多いから。
そう説明することは簡単だ。地方の有権者を、古いしがらみに縛られた非合理な人々として描けば、話は分かりやすくなる。
だが、それだけでは、自民党が地方で果たしてきた役割を見誤る。
YouTubeチャンネル「農民4.0」の動画「それでも自民党が勝ってしまう」では、自民党が守ってきたものを、個々の農家や企業ではなく、地方全体の生態系として捉えていた。
この視点は重要だと思う。
自民党が正しいという話ではない。
なぜ自民党が必要とされてきたのか。その構造を理解しないまま自民党だけを壊しても、地方を支えていた別の何かが自動的に現れるわけではない、という話だ。
1|消費者の合理性と、共同体の合理性
米が高い。
ならば、安い米を輸入すればいい。
政府が価格や流通に介入せず、自由競争に任せれば、消費者はもっと安く米を買える。
個人の財布から考えれば、合理的だ。
実際、家電製品や衣服など、多くの商品は海外から安いものが入ってくることで、私たちの生活を支えてきた。
では、米も同じでよいのか。
ここで、自民党や保守の論理が出てくる。
米は単なる商品ではない。
農業は単なる産業ではない。
食料安全保障であり、土地の維持であり、地域社会の基盤であり、日本文化の一部でもある。
したがって、価格だけを見て「海外から買った方が安い」と判断することはできない。
これは、科学と迷信、合理と非合理の対立ではない。
見ている単位が違う。
消費者は、一人ひとりの家計から考える。
保守政治は、地域や国家という集団の持続から考える。
個人にとって合理的な選択を全員が積み重ねた結果、共同体全体が維持できなくなることがある。
安い輸入米を選ぶことは、個人にとって正しい。
しかし全員がそれを選べば、国内の水田や農村は失われるかもしれない。
ここには、個人の合理性と共同体の合理性の衝突がある。
2|自民党が守ったのは、農家ではなく地方の生態系だった
自民党の農業政策というと、農家や農協に補助金を配り、票を得る仕組みだと理解されがちだ。
もちろん、その側面はある。
しかし、守られてきたのは農家だけではない。
農家がいれば、農協がある。
農機具店があり、肥料店があり、運送業者がいる。
農道や水路を整備する土木業者がいる。
学校、病院、商店、ガソリンスタンド、郵便局がある。
消防団や祭りや神社の管理も、そこに人が住み続けているから成立する。
一つひとつは小さく、経済効率も高くない。
それでも、それらが関係し合うことで、一つの地域が成り立っている。
つまり、自民党が守ってきたのは、特定の農家や土建会社というより、農業を中心として成立してきた地方の生態系そのものだったのではないか。
山の中に高齢者が一人だけ暮らしている。
その人のために道路を直し、橋を維持する。
全国規模の費用対効果だけで見れば、無駄に見える。
しかし、その工事によって地元の土木業者に仕事が生まれる。作業員の家族が地域に残る。商店で買い物が行われ、学校や病院も維持される。
道路は、一人の高齢者だけを支えているのではない。
その道路を中心に結びついた関係全体を支えている。
市場は、道路単体の採算性を計算する。
政治は、本来、その道路がつないでいる関係まで見なければならない。
3|利権は腐敗であると同時に、再分配の回路でもあった
だからといって、利権を美化する必要はない。
特定の政治家と業者が結びつき、必要性の低い公共事業が行われる。
政治力の強い議員を出した地域に、多くの予算が流れる。
補助金を受け取ること自体が目的となり、新しい挑戦を阻害する。
そうした問題は確実にある。
しかし、利権には二つの顔がある。
一つは、権力に近い者が利益を得る腐敗の顔。
もう一つは、中央に集まった資金を地方へ戻す再分配の顔。
戦後、日本の農村には農地整備が行われ、道路が通り、水道や下水道が整備されてきた。
地方の農家が車を持ち、都市部と大きく隔絶しない生活を送れるようになった背景には、農協や自民党を通じた政治的な資源配分があった。
市場だけに任せていれば、資金は利益を生みやすい都市へ集中する。
人口の少ない地域に道路を造っても、投資としての回収率は低い。
病院も学校も商店も、人口密度の高い場所に集めた方が効率はよい。
その合理性を押し進めれば、東京や大阪はますます便利になり、地方は合理的に消えていく。
自民党政治は、その流れに抗う仕組みでもあった。
不公平な配分によって、地域間の格差を抑えてきた。
これは矛盾した話だ。
しかし政治とは、本来、そうした矛盾を引き受ける仕事なのだと思う。
4|一票の格差は、単なる不平等なのか
地方の一票は、都市部の一票より重い。
これは民主主義の不平等として、繰り返し問題にされてきた。
人口比例を徹底するなら、議席も人口に応じて配分されるべきだろう。
完全比例代表制に近づければ、一票の価値は平等になる。
その一方で、人口の多い都市部が国の意思決定を圧倒的に支配することになる。
人口の一割しか住んでいない地域の道路や水路を、残り九割の多数決で維持するだろうか。
都市住民から見れば、利用者の少ない鉄道や病院や学校は、税金の無駄に見えるかもしれない。
多数決は平等だ。
しかし、その平等によって少数地域が消えていくとすれば、それを公平と呼べるのか。
小選挙区制や地方票の重さは、自民党を守ると同時に、地方の政治的発言力を守ってきた。
もちろん、現在の制度が正しいという意味ではない。
ただ、「一票の格差をなくせば民主主義が完成する」というほど単純でもない。
人数に応じた平等と、地域を存続させる公平は、同じものではない。
5|ローカルに生きる人と、自由になった人
動画では、地域社会に生きる人を「ネイティブ」、外から移り住んだ人や都市生活者を「劇団員」と表現していた。
少し乱暴な言葉だが、構造を考えるうえでは面白い。
代々その土地に暮らしてきた人には、引き継いできたものがある。
家、土地、墓、神社、寺、消防団、祭り、近所付き合い。
そこには、面倒なしがらみもある。
自由を奪い、個人に負担を押しつける関係もある。
一方、進学や就職で土地を離れた人は、そうした関係から解放される。
住む場所を選び、仕事を選び、人間関係を選ぶ。
個人として自由に生きられる。
近代化とは、人間を土地や身分や共同体から解放してきた歴史でもある。
しかし、解放とは切断でもある。
土地から自由になった人は、同時に、その土地に守られなくなる。
近所付き合いから自由になれば、面倒は減る。
けれど、何かあったときに助けてくれる関係も減る。
神社や祭りを非合理だとして廃止すれば、管理の負担はなくなる。
同時に、人が集まり、記憶を共有する場所もなくなる。
しがらみは、嫌なものだ。
しかし、嫌だから無価値とは限らない。
むしろ、合理的に説明しにくい関係の中に、共同体を維持する力が埋め込まれていたのかもしれない。
6|参政党は、失われた共同体を再構築するのか
ここから考えると、参政党の支持拡大も少し違って見えてくる。
自民党の保守は、現実に存在する地縁や血縁、農協、地元企業、神社、自治会などを基盤としてきた。
すでにある共同体を、そのまま引き継ごうとする保守。
一方、参政党が掲げる農業、伝統、日本、天皇、反グローバリズムといったものは、少し性質が違うように見える。
都市化や雇用の流動化によって、一度は地域のしがらみから切り離された人々が、改めて共同体を求めている。
けれど、帰るべき具体的な村や関係が残っているとは限らない。
そこで、日本、伝統、農業といった大きな象徴を掲げ、失われたつながりを再構築しようとする。
自民党が「続いてきた共同体」を守る政党だとすれば、参政党は「失われた共同体」を作り直そうとする政党なのかもしれない。
これは、どちらが本物の保守かという話ではない。
共同体から自由になった人間が、自由だけでは生きられず、再び何らかの帰属を求めている。
その現象として見ると、参政党の伸長は単なる右傾化とは違った意味を持つ。
7|米・麦・大豆と、野菜・果物を分ける
農業の議論では、すべての作物を一括りにしない方がよい。
米、麦、大豆などの穀物と、野菜、果物などの園芸作物では、国家との関係が違う。
米や麦や大豆は、国民の生命を支える基礎的な食料だ。
大量に必要で、広い土地を使い、国際価格との競争にもさらされる。
安全保障や農地保全とも直結する。
市場に任せれば、価格競争に耐えられず、国内生産が消える可能性がある。
一方、トマトやイチゴ、リンゴなどは、品質や味、鮮度、ブランドによって競争できる。
輸入品も入ってくるし、日本から輸出もできる。
実際に、多くの園芸農家は市場の中で戦っている。
つまり、「農業は自由競争で成立するのか」という問いそのものが粗すぎる。
米・麦・大豆のような国家的農業と、野菜・果物のような市場的園芸は、分けて考える必要がある。
国家が何を守り、どこまで市場に委ねるのか。
その線引きを曖昧にしたまま、農業保護か自由化かという二択にすると、議論は必ず混乱する。
結|利権を壊したあと、誰が草を刈るのか
「地方を守る」と政治家は言う。
だが、守るとは何をすることなのだろうか。
補助金を出すことか。
道路を造ることか。
米価を維持することか。
それも一部だろう。
しかし、本当に地方を維持しているのは、毎日の草刈り、水路の清掃、祭りの準備、消防団、獣害対策、農地管理といった、名前も付かない無数の仕事だ。
市場は、その仕事に十分な価格を付けない。
都市の消費者も、普段はその存在を意識しない。
それでも誰かがやらなければ、地域は崩れていく。
自民党は、その仕事を直接してきたわけではない。
ただ、それを担う人々が地域に残れるよう、補助金、公共事業、農協、米価、選挙制度を通じて支えてきた。
そこには腐敗もあった。
無駄もあった。
時代遅れの仕組みもある。
だから改革は必要だ。
しかし、自民党と利権を壊せば、地方が自由になるわけではない。
支えていた回路まで切断すれば、地方は市場に解放されるのではなく、市場から見捨てられる。
問題は、自民党を残すか倒すかではない。
自民党が担ってきた地方への再分配と共同体維持の機能を、次にどのような仕組みで引き受けるのか。
そこまで示さなければ、改革は単なる撤去になる。
それでも自民党が勝ってしまう。
その理由は、地方の人々が変化を嫌うからだけではない。
自民党の代わりに、地方の「非合理」を引き受ける政治が、まだ現れていないからなのだと思う。
参考動画
農民4.0「それでも自民党が勝ってしまう」
https://www.youtube.com/watch?v=HAJmQn8JY3U
サムネイル
ChatGPT Images 2.0(ChatGPT-5.6 Sol/OpenAI)
プロンプト:
A cinematic documentary-style photograph of rural Japan in summer, aspect ratio 16:9. A middle-aged Japanese farm worker is cutting dense roadside weeds with a realistic backpack-mounted motorized brush cutter, standing on the grassy bank between a narrow asphalt farm road and a concrete irrigation canal. He is positioned slightly right of center, viewed from behind at a natural eye-level angle.
On the left, expansive vivid green rice paddies stretch toward a small rural village. On the right, traditional Japanese houses, utility poles, and overhead power lines follow the narrow road. A large forested mountain range rises dramatically across the entire background beneath a partly cloudy summer sky.
Freshly cut grass covers the embankment, with realistic weeds, soil, concrete, water, machinery, work clothes, gloves, rubber boots, and agricultural textures. Quiet everyday labor, local infrastructure, and the maintenance of rural community life. Natural midday sunlight, subtle cinematic contrast, deep depth of field, highly detailed, photorealistic editorial photography, realistic Japanese landscape, 35mm lens, 8k.
No text, no words, no letters, no signs, no logos, no stone tablets, no monuments, no distorted machinery, no extra limbs.
--ar 16:9
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