赤いミツマタは、静かな場所に咲いていた——廣澤寺から日向薬師へ
広沢寺温泉行きのバスは、七沢のミツマタ目当てのハイカーで大混雑だった。
不動尻のミツマタ群生地は、ここ数年で厚木市の広報やSNSなどを通じて一気に知名度が上がった。葉を落とした冬枯れの沢筋に、黄色い球状の花が無数に灯る光景は確かに見事で、「圧」で見せる。だからこの時期の週末、厚木駅から七沢方面のバスは満員になる。広沢寺温泉のバス停に着けば、ハイカーたちが一斉に不動尻を目指して歩き始める。
私はその流れに背を向けた。
私の目当ては、不動尻の黄色い圧ではなく、尾根を越えた先の日向薬師で静かに咲く、赤いミツマタだった。
廣澤寺の桜を愛でた後、広沢寺温泉駐車場脇の愛宕神社から見城へ登り、日向山を越えて日向薬師に降りる。七沢の不動尻とは谷を一つ隔てた隣の尾根。同じミツマタの季節に、同じエリアで、まったく違う体験ができる。
ランチタイムのハイキングにちょうどいい距離感だ。
▶ ルート詳細(ヤマレコ):https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-9452352.html
1. 広沢寺温泉——混雑の向こう側
バスを降りると、広沢寺温泉のバス停は準備を整えるハイカーで溢れている。靴紐を結び直す人、ザックを背負い直す人、ストックを伸ばす人。みんな不動尻を目指している。

ハイカーがバスから降りて身支度を整えている

これから不動尻に向かうハイカーで混み合う
駐車場も満車だ。クマ出没注意の看板が立っている。厚木市の設置。このあたりは丹沢の山裾で、ツキノワグマの目撃情報がある。

背後の駐車場は満車
私はこの群衆と逆方向へ歩く。廣澤寺(こうたくじ)の石碑の前を通り、石段を上がって境内へ。曹洞宗・太冨山廣澤寺。静かな境内に桜が咲いている。



墓地の向こうに、これから歩く稜線が見える


2. 愛宕神社——尾根への入口
廣澤寺の裏手、広沢寺温泉駐車場の脇に愛宕神社がある。木漏れ日が差し込む石段の上に、小さな社殿。「愛宕大権現」の赤幟が立つ。

木漏れ日が差し込み、「愛宕大権現」の赤幟が迎える

廣澤寺本堂正面に対峙する愛宕社の草創は1532年(天文元年)
由来板を読む。廣澤寺本堂の正面に対峙する位置に建てられた愛宕社は、1532年に草創。愛宕山大権現・道了大権現を廣澤寺鎮神として奉請し、1753年に天護法大善神を合祀。防火、仏法興隆、旅行安全、夫婦円満、豊作豊漁、身体健全、福神を祈る場所として、七澤の人々の浄願成就の場であったという。社殿は1790年に改修・再興され、1855年に浄願成就で竣工。現社殿は1988年の建立。

朱の献燈が左右対称に並ぶ小さな境内

銅鈴と朱の縄
ここが見城への取り付き点だ。社殿の裏から、いきなり急登が始まる。
3. 見城——七沢城址の物見台
愛宕神社の裏手から尾根に取り付く。根っこだらけの急な木段。落ち葉に足を取られないよう、慎重に登る。

根と木段が絡み合う斜面

見城山頂へ0.5km約20分、広沢寺温泉へ0.5km約20分、七沢温泉へ0.5km約20分
三方向の分岐。ここから見城山頂まで0.5キロ、約20分の登り。落葉した木々の間を縫って尾根を詰める。途中、苔むした石灯籠がぽつんと置かれた小さな平地がある。城跡の痕跡だろうか。

落葉した木々の間に、ひっそりと

冬枯れの木々越しに丹沢の山並み
見城山頂に到着。

春霞の関東平野が広がる

案内板に七沢城址の概要が記されている。室町時代の宝徳2年(1450年)、鎌倉公方・足利成氏と関東管領・山内上杉憲忠の重臣たちの間に争いが起こり、七沢城はその舞台の一つとなった。長享2年(1488年)には扇谷上杉定正が七沢城を攻め、南実蒔原の合戦に至る。見城の山頂には常に物見の兵がいて、津古久物見峠と連絡を取ったり、南の糟屋館(伊勢原市上杉館)へ合図を送ったりした場所だという。
見城山頂からの眺望を見れば、その戦略的価値がよくわかる。関東平野が一望できる。春霞の向こうに厚木・海老名方面の市街地が広がり、丘陵地帯が波のように連なっている。物見の兵が五百年以上前にこの景色を見ていたと思うと、足元の土の重みが変わる。

案内板と山頂標識、その向こうに関東平野

丘陵地帯の向こうに相模平野が霞む

大木の根元に立てかけてある


黄色い芽越しに見下ろす街並み

背景に霞む平野
4. 見城から日向山へ——杉林の尾根を行く
見城からの下りは、登りより手強い。
鎖とロープが張られた急な木段を慎重に降りる。

鎖とロープが設置された木段

亀石0.7km、大釜弁財天0.3km、見城山頂0.25km。「おおやまめぐりルート」の表示

ここが見城と日向山の鞍部
ここから日向山への登り返し。杉の巨木が林立する薄暗い樹林帯を、根と木段を辿って登る。

太い根が階段代わりに張り出している
途中、木々の間から大山が正面に見える。山頂の電波塔までくっきりと確認できる。

山頂の電波塔が確認できる
登り詰めると、日向山山頂(標高404メートル)に到着。「ナイスの森」山頂の看板がある。日向山はかつて「弁天山」と呼ばれ、山頂に水の神様「弁天様」が祀られていた。干ばつや水害から地域を守ってくれていたからだという。日向山弁財天の周囲にはかつて弁天池があり、常に一定量の水が保たれていたとのこと。

「ナイスの森」山頂標高404m、「水の神様」弁天様の解説板

伊勢原市と厚木市の境界にある
5. 日向山から日向薬師へ——椿の道、ミツマタの斜面
日向山から日向薬師方面へ下り始める。
ここから先は伊勢原市域に入る。
山道の途中で、鮮やかな赤い椿に出会う。
黄色い蕊と紅の花弁のコントラストが目を引く。

緑の葉に映える赤

登山道に点々と散らばるピンク
地面に落ちた椿の花をローアングル。
手前にピンクの花弁、奥に同じ色の花が点々と続く登山道が伸びていく。
立ったまま歩いていたら撮れない写真だ。

苔むした岩の横に道標

鮮やかなマゼンタが青空に映える

昭和50年頃に植えられた約100本の梅。
3月下旬には花は終わっているが、枝ぶりが見事

右手にシモクレンが咲く
やがて、斜面にミツマタの群生が現れる。
不動尻のミツマタが「圧」で見せるなら、ここのミツマタは「静」で見せる。斜面に点在する黄色い株が、春の陽を浴びて控えめに光っている。人はほとんどいない。

黄色いミツマタが陽光に輝く

フリル状の小花の集合体がまりのように丸い
6. 日向薬師入口——ミツマタと文化財の寺
日向薬師の入口に到着する。
「重要文化財 日本三薬師 日向薬師」の案内板。
その背後に、黄色いミツマタが咲き誇っている。

関東ふれあいの道の道標と日向の文化財めぐりの標識


順礼峠まで5Km
7. 参道——「南無薬師如来」の赤幟
参道に入る。両側に「奉納 南無薬師如来 日向薬師 宝城坊」の赤幟がずらりと並んでいる。遠近感が強調されて、奥に向かって収束していく赤の列。

「南無薬師如来」が両側に並ぶ圧巻の光景
日向薬師の正式名称は「宝城坊(ほうじょうぼう)」。霊亀2年(716年)に行基が開創したとされ、かつては「日向山 霊山寺」と呼ばれていた。日本三薬師の一つに数えられ、奈良時代から千三百年の歴史を持つ。


行基開創の伝承から北条氏参詣、源頼朝の病気平癒祈願まで
案内板を読む。源頼朝が建久5年(1194年)に娘の病気平癒を祈って随兵50名を率いて参詣したという記録がある。頼朝の時代からこの寺が「癒し」の場であったことを示す。北条氏も参詣し、鎌倉幕府との関わりは深い。
8. 境内——茅葺きの本堂と二色のミツマタ
参道の石段を登り、仁王門をくぐる。苔むした石段の両脇にシダが茂り、杉の巨木が天を衝く。暗い参道を抜けると、視界が開けて本堂が現れる。

五色幕と赤幟が見える
本堂は国指定重要文化財。茅葺き屋根の入母屋造りで、江戸時代の万治3年(1660)に旧本堂の部材を利用して再建され、その後寛保3年(1743)から延享2年(1745)にかけて改修された。

手前に赤、奥に茅葺き屋根の重厚な姿

柱の向こうに五色幕が透ける

白い花弁と蕾が同居

杉の巨木と赤幟と黄色い花
ここで、日向薬師のミツマタの特徴に気づく。
不動尻のミツマタは黄色一色の群生で「圧」で見せる。日向薬師のミツマタは、黄色い通常種とアカバナミツマタの二系統が混在している。黄色いぼんぼりと赤いぼんぼりが同じ境内に並んでいるのだ。これは自然の群生というより、寺の空間の中に配置された花として見える。黄色と赤の対比が、あたかも意図された景として立ち上がっていた。



花弁の赤と蕾の黄緑の混在

花弁の先端の朱赤からクリーム色の基部へのグラデーション
このアカバナミツマタのマクロ写真が、今回の山行のベストショットだと思う。一つ一つの小花がラッパ状に開き、先端が朱赤、基部がクリーム色。蕾は黄緑色で、まだ開いていないものと満開のものが一つの花序の中に混在している。背景にぼけた黄色いミツマタが溶けるように広がる。一眼の被写界深度のコントロールが効いている。

暗い背景に浮かび上がるぼんぼり

石積みの花壇から枝を広げる


茅葺き本堂と黄色いミツマタと赤幟の全景

枝ぶりが盆栽のように広がる


9. 地蔵とミツマタ——この場所の空気
境内の一角に、錫杖を持ち子どもを抱いた大きな地蔵菩薩像がある。その背後にミツマタの黄色が広がっている。この構図が、日向薬師という場所の性格を最もよく表している。


穏やかな表情と子どもを抱く手

ミツマタの黄色が空間を包む
不動尻の「圧」に対して、日向薬師の「静」。ここでのミツマタは、寺の空気と一体になっている。仏像の青銅色と花の黄色。茅葺き屋根の灰色と赤幟の朱。苔むした石段と杉の深緑。すべての色が、千三百年の時間の中で配置されたかのように調和している。人が少ないことがこの静けさに効いている。
10. 二本杉と虚空蔵菩薩
境内には県指定天然記念物の二本杉がある。樹齢約800年。足利基氏の「幡掛けの杉」と伝えられている。樹高33~35メートル、胸高周囲6.3~7.8メートル。見上げると首が痛くなるほど高い。

参道の途中には虚空蔵菩薩の小祠がある。シラカシの霊樹の洞の中に祀られており、弘法大師の「虚空蔵求聞持法」修行の伝承が残る。阿波の太龍丘や土佐の室戸岬と同じ修行法が、ここでも行われていたのだ。



11. 門前——ソイジェラートと日向珈琲
境内を出て、バス停の店に立ち寄る。
ORGANIC SOY GELATO、日向珈琲、日向・伊勢原おみやげ最中の看板が並ぶ。レトロな佇まいの建物にペプシとコカ・コーラの看板が残っている。

ソイジェラート、日向珈琲、おみやげ最中の黒板看板が並ぶ
バス待ちの余白。
日向珈琲、ごちそうさまでした。
12. 七沢と日向薬師——同じ花、違う時間
不動尻のミツマタは「自然の圧」で見せる。葉のない冬枯れの沢筋に、黄色い球が数え切れないほど灯る。その物量が人を圧倒する。だからSNSで拡散される。だから混む。
日向薬師のミツマタは「場の力」で見せる。茅葺き屋根の本堂、青銅の地蔵菩薩、奉納の赤幟、苔むした石段。千三百年の時間が積み重なった空間の中で、黄色と赤の花が静かに咲いている。群生の「圧」はない。その代わり、寺という空間が花に別の時間を与えている。
広沢寺温泉行きのバスが混雑するのは、不動尻のミツマタが「見に行く」対象だからだ。日向薬師のミツマタは「出会う」ものだ。尾根を越え、杉林を抜け、椿の落ちた道を歩いて降りてきたら、そこにあった。
同じミツマタの花。同じ三月の陽光。
谷一つ隔てただけで、体験がまるで違う。
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