南鳥島に核のゴミを埋めるという話——小笠原で育った人間が考えること
序章
2026年3月14日、父島で「南鳥島における高レベル放射性廃棄物の地層処分の文献調査に関する村民説明会」が開催された。小笠原村、経済産業省(資源エネルギー庁)、原子力発電環境整備機構(NUMO)の3者共催。父島では14時と19時の2回。母島は当初3月15日の予定だったが、ははじま丸の運航スケジュール変更に伴い3月21日に延期された。父島の会場も直前に2階会議室から1階多目的ホールに変更されている——会場変更の理由は明示されていないが、当初想定を上回る参加を見込んだ可能性もある。
なお、この説明会は報道機関には非公開。YouTube公開も第1部(説明パート)のみで、質疑応答は非公開とされている。
3月3日の申し入れを受けて、筆者は「小笠原は誰のものか——南鳥島、三つの顔と初めての選択」という記事を書いた。
南鳥島が本土の都合で意味を書き換えられてきた歴史と、小笠原が初めて自分の言葉で脚本を書く機会としてこの問題を捉えるべきだという話だ。
今回は、その説明会が実際に開催された。国は何を語り、何を語らなかったか。この記事では、安全性の是非には踏み込まない。見るのは、負担の置き方と意思決定の構造だ。
1. 説明会(第1部)の要約
説明会の第1部は、国とNUMOによる約1時間の説明で構成されている。以下にその内容を整理する。説明に使用された資料はNUMOのウェブサイトでPDFが公開されている(記事末尾の参考資料を参照)。
動画はこちら:小笠原村公式チャンネル
渋谷村長の挨拶
3月3日に経済産業大臣から文献調査実施の申し入れ文書を受け取った。この説明会で地層処分と文献調査について村民の理解を深め、今後の判断は村民や議会の意見を踏まえて行っていくとした。
経済産業省(資源エネルギー庁)横手課長の説明
日本のエネルギー自給率は13%。化石燃料への依存、脱炭素化の要請、電力需要の増加を見据え、再生可能エネルギーに加えて原子力発電の活用も必要不可欠だという前提が示された。
国内にはすでに原発から出たガラス固化体(高レベル放射性廃棄物)が約2万7,000本相当存在する。放射能が安全なレベルに下がるまで数万年。人間の管理に頼らず、地下300m以深の安定した岩盤に埋める「地層処分」が国際的な共通認識だとした。
南鳥島が選ばれた理由は3つ。科学的特性マップで「好ましい特性が確認できる可能性が高い」地域に該当すること、未利用の国有地が存在すること、長年国策に協力してきた実績があること。
従来は自治体からの「手挙げ(応募)」を待つ方式だったが、地域への負担が大きいことから、国から調査を申し入れる方針へ転換した。
調査は3段階で進む。文献調査(机上)、概要調査(ボーリング等)、精密調査(地下施設での調査)。各段階へ進む際には市町村長と知事の意見を聴き、反対があれば先へは進まないとした。交付金は文献調査で最大20億円、概要調査で最大70億円。
NUMO(原子力発電環境整備機構)の説明
ガラス固化体とは、使用済み核燃料から再利用可能なウランやプルトニウムを取り出した後に残る廃液をガラスと混ぜ、ステンレス容器で固めたもの。
地下深く(300m以深)は酸素が少なく金属が腐食しにくい、地下水がほとんど動かない、地震の揺れが地上の3分の1から5分の1程度にとどまるなど、長期間の安定が期待できる。
多重バリアシステムとして、ガラス固化体を厚さ20cmの金属容器(オーバーパック)で覆い、さらに水を通しにくい粘土(ベントナイト)で厚さ70cmにわたって固める設計。
文献調査では既存の地質図や学術論文を収集・評価し、活断層、火山、地盤の隆起・侵食、軟弱な地盤、将来掘り返される恐れのある有用な鉱物資源がないかを確認する。明らかに不適切な場所を候補から除外するための机上調査であり、ボーリングや放射性物質の持ち込みは行われない。
2. 南鳥島という場所の実感
一般の読者にとって、南鳥島は地図の右端にぽつんと打たれた点でしかないだろう。日本最東端。東京から約1,950km。行政上は小笠原村に属する。
だが、父島から南鳥島までは約1,200km離れている。父島の住民にとっても、南鳥島は「うちの村」であって「うちの島」ではない。気象庁、海上自衛隊、海上保安庁の職員が交代で常駐しているだけで、一般住民はゼロだ。
「村民説明会」の対象は父島と母島の住民ということになる。説明を聞いて、判断に声を上げる人々と、実際に処分施設が建設されるかもしれない場所が、1,000km以上離れている。この距離的・実感的な非対称は、そもそもこの問題を「住民の問題」として扱うことの難しさを示している。
私は父島で育った。ボニンブルーと呼ばれる海の色と、日本一と呼ばれる夜空の暗さと、そして台風の恐ろしさを体で覚えている。南鳥島には行ったことがない。おそらく父島の住民のほとんどが行ったことがないだろう。しかし「小笠原村」という名前の下で、この判断は父島と母島の人々に委ねられる。
当事者とは誰か。
この問いが、この問題の最も根の深いところにある。
3. 「手挙げ」から「指名」へ——国の方針転換が意味すること
高レベル放射性廃棄物の最終処分地選定は、2002年から自治体の応募を待つ「手挙げ方式」で進められてきた。2007年に高知県東洋町が応募して町長リコールに発展し撤回。その後は長い空白期間が続き、2020年に北海道の寿都町と神恵内村が文献調査を受け入れた。現在も調査は続いているが、次の段階に進む見通しは不透明なままだ。
今回、国が自ら南鳥島を名指しして文献調査を申し入れたことは、手挙げ方式の限界を国自身が認めたことを意味する。政策的にはフェーズが変わった。
選定理由として挙げられた3本柱——地質的好条件、国有地の存在、国策協力の実績——のうち、3番目に注目したい。南鳥島は戦後一貫して米軍、次いで自衛隊や気象庁の施設が置かれ、国策の「受け皿」であり続けてきた場所だ。その歴史的経緯を選定理由に含めることは、言い換えれば「断りにくい関係性がすでに構築されている場所」を選んだということでもある。
国が処分地を見つけなければならないという課題は現実に存在する。約2万7,000本相当のガラス固化体という既存の負担が現にある。だが、その解決策の推進方法が「断りにくい相手に頼む」という構造に乗っているとき、そこに対等な判断の余地があるのかは問われるべきだろう。
4. 交付金という誘引装置
文献調査の受け入れで最大20億円。概要調査に進めば最大70億円。
説明会では「文献調査は机上の調査であり、現地に放射性物質が持ち込まれることはない」と繰り返し強調された。つまり「リスクはゼロに近い」という説明だ。リスクがゼロに近い調査に20億円が付くというのは、裏を返せば、その20億円は調査のコストに対する対価ではなく、「次の段階への入口に立ってもらうための対価」だということになる。
各段階で知事と首長の反対があれば先には進まない。これが建前上の安全弁だ。しかし、20億円を受け取った自治体が次の段階を拒否するとき、その政治的コストは受け取る前とは比較にならない。「もらったのに断るのか」という圧力が内外から生じることは容易に想像できる。
これは寿都町・神恵内村で起きたことの構造的な再現だ。交付金を受け取ること自体が次の段階への引力になる。「いつでも止められる」という制度設計と、「実際には止めにくくなる」という政治力学の間にある乖離。ここを直視しないまま「文献調査は机上調査に過ぎない」と言い続けることには、誠実さの問題がある。
5. 「非公開」という設計

この説明会には、もう一つ見逃せない構造がある。報道機関が非公開であること、そして質疑応答がYouTubeでも公開されないことだ。
NUMOの公式発表には「参加者へのプライバシー等を考慮し、報道機関には非公開」と記されている。小笠原村の人口は約2,500人。父島と母島に限られた住民が、顔の見える距離感の中で「核のゴミの処分場を受け入れるかどうか」を問われている。プライバシーへの配慮という理由は理解できる。
しかし、その配慮の結果として何が起きるか。村民がどんな疑問を持ち、どんな不安を表明し、国とNUMOがそれにどう答えたかという情報が、島の外にいる人間にはまったく届かない。説明会の第1部——つまり国側の「説明」だけが公開され、村民の「問い」は非公開。情報の流れが一方通行になっている。
これは村民を守るための設計であると同時に、この問題が外部の目に晒されることを防ぐ設計でもある。意図がどちらにあるかは問わない。構造としてそうなっている、という事実を指摘しておきたい。
結び
私はもう島を離れた人間だ。選挙権も小笠原村にはない。だからこの問題の判断の当事者ではない。
だが、小笠原の海と空気を体で知っている人間として、一つだけ確かに言えることがある。この問題は「南鳥島の問題」でも「小笠原村の問題」でもない。2万7,000本のガラス固化体をどこに置くかという問題は、電気を使っているすべての人間の問題だ。
それを「国策に協力してきた実績のある場所」に持っていくことで、あたかも特定の地域の判断に委ねられる問題であるかのように見せる構造そのものが、この問題の核心にある歪みだと思っている。
南鳥島は日本最東端の、人がほとんど行けない場所だ。地質的条件、国有地、国策協力の実績——公式に示された選定理由はどれも合理的に見える。だが、それらの条件が一つの場所に揃っているということは、裏を返せば、国にとってもっとも説明を通しやすい場所だったということでもある。その「通しやすさ」の中に、この国のエネルギー政策の構造的な問題が凝縮されている。
参考資料
サムネイル
Nano Banana 2(Gemini-3.1 Pro/Google)
プロンプト:
A dark satellite view of the western Pacific Ocean at night, 16:9 aspect ratio. Three points of light: a large bright cluster labeled Tokyo on the left, a small dim point for Chichijima in the center, and a barely visible faint dot for Minamitorishima on the far right. A single luminous arrow-like light trail flows from Tokyo through Chichijima toward Minamitorishima, tapering from bright to almost invisible. The ocean is pure black. The light trail has a gradient from warm white-gold near Tokyo to cold blue near Minamitorishima. No landmass detail except the light points. No watermarks, no logos. The composition conveys burden flowing outward from center to periphery, fading into darkness and distance.いいなと思ったら応援しよう!
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