人生を支えてくれたのは、学力よりも非認知能力だった――教育制度の構造と、子どもと親へのメッセージ
1.まずは、自分の話から(少し長い)

おそらく3歳か4歳のころ
保育園にも通わなかった
私は子どものころ、塾に通ったことがない。
習い事もほとんど経験がない。
もちろん義務教育は受けたが、中学受験はおろか、大学にも行っていない。
小笠原の大自然で育った私は、いわゆる「内地の子」に比べれば勉強なんてほとんどしてこなかった。放課後はだいたい海かジャングル。海では夕飯用に魚を釣り、タコや貝を捕る。おやつはその辺りに生えている野生のバナナやパッションフルーツ、パパイヤなど。飲み物が欲しければヤシの木によじ登り、実を採って穴をあけ、ストローをさして汁を吸う。40年以上前の話だ。
机より自然の中にいた時間のほうが圧倒的に長い。
情報についても、ネットはおろか地上波テレビもなく、かろうじてNHKの衛星放送が入る程度。
時事も流行も、ほとんど知らないまま育った。
それでも中学を出て単身で内地に渡り、国立高専に進学。
社会に出て、いろいろありながらも何とか生き抜いてきた。
今はそれなりに楽しくやれている。
振り返ってはっきり思うのは、これだ。
人生を支えてくれたのは、学力よりも非認知能力だった。
好奇心、観察力、しぶとさ、やってみる力、失敗しても立ち上がるメンタリティ。
そうしたものが、点数や偏差値よりもずっと大きな支えになった。
だからこそ、今の日本の教育制度にはずっと違和感を抱いてきた。
2.一条校中心主義という構造
日本の義務教育は、憲法や教育基本法によって「すべての子どもに等しく教育の機会を保障する」ことを前提に設計されてきた。
その実現手段として長く“学校中心モデル”が採用され、日本の教育は基本的に「一条校中心主義」で成り立っている。
学校教育法に基づく一条校に通うことが正規ルートであり、それ以外は、どれほど優れた学びであっても制度の外側に置かれる。
フリースクールも、オルタナティブスクールも、その他の多様な学びの場も、
「尊重」はされるが中心にはなれない。
その象徴的な出来事が2015年にあった。
3.廃案になった「多様な学び法案」
2015年、フリースクールや家庭教育、オルタナティブ教育などを
「義務教育として正式に認める」ことを目指した
「多様な教育機会確保法案」 が検討された。
もしこれが通っていれば、学校に通うことだけが義務教育ではなくなり、”多様な学び舎” が公式ルートとなり、子どもの学びの選択肢が制度として大きく広がるはずだった。
この法案は、日本の教育制度の前提そのものを転換しようとする、きわめて大きな挑戦だった。
しかし結果は――国会提出そのものが断念され、事実上の廃案となった。
その背景にあったのは、文部科学省、教育委員会、日教組をはじめとする教員団体、そして与党内の慎重派といった、既存の教育システムを支えるプレイヤーたちの強い抵抗だった。
日本の教育は長く「一条校中心主義」という枠組みの中で最適化されてきた。その前提を揺さぶる改革は、制度側にとって受け入れがたいものだったのである。
4.代わりに生まれた「教育機会確保法」
その翌年に成立したのが「教育機会確保法」だ。
名前は似ているが中身は大きく違う。フリースクールを義務教育として認めるわけでも、学校外の学びを正式ルートにするわけでもない。不登校の子の多様な学びを「尊重する」という理念は盛り込まれたが、制度の根幹は変えないまま、周辺に支援の窓だけを開けた形で着地した。
多様な学びは「尊重」されるようになったが、一条校を中心とする構造そのものは守られた。フリースクールは、制度的には実質的に骨抜きのままなのである。
もっとも、この法律には「不登校を問題行動として捉えない」「多様な学びを尊重する」という理念が明文化された意義もあった。しかし、それはあくまで “理念の転換” にとどまり、制度の転換にはつながらなかった。
5.落ちこぼれと浮きこぼれ
現在、日本各地にはフリースクールやオルタナティブスクールなど、多様な学びの場が全国に広がっている。
この制度は今も、学校に合わない「落ちこぼれ」と、学校の枠に収まらない「浮きこぼれ」の両方を生み続けている。
いま日本には、フリースクールやオルタナティブスクール、通信制高校と連携した多様な学びの場が各地に生まれている。そこでは子ども一人ひとりのペースに合わせた学びが実践され、実際に救われている子どもたちも少なくない。
しかしフリースクールは依然として「不登校対策」として語られがちで、才能教育や個別最適化の受け皿にはなりきれていない。
多様な学びが必要なのは、学力が低い子だけではない。むしろ、枠を超えて伸びたい子どもたちのためでもあるはずだ。
6.就職の世界に残るJTC”護送船団方式”
教育制度の中では改革が止まったままだが、その歪みが最も分かりやすく表れるのは、実は就職の文脈だ。
日本の進路モデルは長らく、JTC “護送船団方式” だった。同じ年齢で、同じように大学に行き、同じ時期に就活をして、新卒一括採用で会社に入る。このレールに乗っていれば安全で、外れると急に不安定になる。
日本の新卒一括採用モデルは、年齢と学歴を前提にした独特の仕組みで、教育制度と強く結びつきながら長く維持されてきた。
だから多くの子どもが、本当に行きたいかどうかとは別に「とりあえず大学」「とりあえず就職」という選択をしてしまう。
高度成長期には一定の役割を果たしたが、現代には全くそぐわない。
実はここにFラン問題の本質がある。
7.Fラン問題の本質
この構造は、Fラン(ボーダーフリー)問題とも深くつながっている。
Fラン問題の核心は学力ではない。
「自分の頭で考え、決める力が育っていないこと」
多くの子どもは進路を主体的に選ぶ経験をほとんど持たない。
だから周囲の空気に流され、「とりあえず大学」となる。
私にも高専から大学に編入する道はあった。
でも「そこまで極めたいわけじゃない」と考え、社会に出ることを選んだ。
正解だったかどうかではなく、自分で考えて決めたことに意味があった。
本来の教育は、その力を育てるためのもののはずだ。
8.最適解は何か
現行制度が学校中心である以上、行政としては “例外への支援” という形になりやすい。補助金モデルは、その枠内で取り得る最も現実的な手段でもある。
いま進んでいるのは、フリースクールやオルタナティブスクールへの支援、出席扱いの柔軟化、通信制スクールへの補助金といった「周辺支援モデル」である。
そもそも日本の義務教育は「すべての子どもに等しく教育の機会を保障する」という平等原則の上に成り立っている。その理念があるからこそ、制度はどうしても画一的になりやすい。
現行制度の枠内では、おそらくこれが短期的な最適解だろう。
しかしそれは、これらを “正規ルート化” する話ではない。
制度の中心は変わらないまま、例外を手当てしているに過ぎない。
このやり方で、本当に日本の教育は変わるのだろうか。
9.OISTというヒント
ここで思い出すのがOIST(沖縄科学技術大学院大学)だ。
OISTは、学部を持たない大学院大学として完全英語環境で運営され、世界トップクラスの研究者を国際基準の待遇で集めている。文科省の既存大学制度では実現が難しい運営モデルを、内閣府直轄という別枠で実装した事例だ。
教育分野でも同じことが必要なのではないか。
文科省の枠内で多様化を進めようとすると限界がある。
ならば、フリースクールなどの公式認定制度、新しい義務教育ルート、内閣府主導の教育特区といった“別レイヤーの制度設計”がなければ、多様な学びはいつまでも周辺にとどまってしまう。
10.子どもと親へのメッセージ
最後に、社会の一員として伝えたいことがある。
点数や偏差値だけで子どもを測らないでほしい。
学校に合わないからといって、人生が終わるわけではない。
教育の目的は、
子どもが自分の頭で考え、自分で決められるようにすることだ。
自分の人生を振り返っても、
本当に役に立ったのは学力ではなく、まさにその力だった。
11.問いとして残るもの
多様な学び法案の廃案から教育機会確保法へ
――その流れは、日本の教育がどこまで変われるのかを象徴している。
いまのところの答えは、「一条校以外に補助金を出す」という消極的な路線だ。
それは決して最適解とは言い難い。
本当に必要なのは、補助金で現状を延命することではなく、子どもたちの学びの選択肢そのものを制度として拡張することではないだろうか。
文科省の枠組みの中での改善で十分なのか。
それともOISTのように、全く別の制度設計が必要なのか。
この問いは、まだ開かれたままだ。
結び
私は、塾にも行かず大学にも行かず、
自然の中で育ち、社会で生き抜いてきた。
その経験から言えることは、一つだけだ。
人生を支えてくれたのは、学力よりも非認知能力だった。
子どもたちが点数の外側で育つ力を、
大人たちが、親たちがもっと信じられる社会になってほしい。
そのために必要なのは、
レールを増やすだけの対症療法ではなく、
本当の意味での多様な教育と、多様な進路の実現なのだと思う。
【補足情報:重要な制度的背景】
本文では流れを重視して細部を簡略化したが、理解の助けとして、制度上の前提をいくつか補足しておきたい。
1.義務教育は「学校中心」で制度化されている
日本の義務教育は、日本国憲法・教育基本法・学校教育法に基づいて設計されている。そこでは「すべての子どもに等しく教育の機会を保障する」ことが理念として掲げられ、その実現手段として長く“学校で学ぶこと”が前提とされてきた。
この平等原則そのものはきわめて重要だが、その一方で、制度がどうしても画一的になりやすいという構造的な限界も抱えている。
2.フリースクールは法律上の「学校」ではない
現在の日本では、フリースクールやオルタナティブスクールは、学校教育法に基づく「学校」ではない。文部科学省はこれらを、不登校の子どもなどに対して学習活動や相談、体験活動を行う“民間の学びの場”として位置づけている。
そのため、フリースクールに通っていても制度上は出席扱いにならない場合があり、卒業資格は通信制高校などとの連携によって補完される形が一般的である。
3.教育機会確保法の意義と限界
2016年に成立した教育機会確保法は、「不登校を問題行動として扱わない」「多様な学びを尊重する」という価値観を国として明文化した点で、大きな一歩だった。
しかしこの法律は、学校外の学びを義務教育として正式に認めるものではなく、あくまで支援と配慮を広げる枠組みにとどまっている。制度の根幹である“学校中心モデル”そのものは維持されたままである。
4.ホームスクーリングの位置づけ
欧米では一般的なホームスクーリングも、日本では義務教育の正規ルートとしては認められていない。実際には家庭教育を選択するケースも増えているが、法制度上はあくまで学校との連携の中で扱われるのが現状である。
5.多様な学びの場の現実
制度上は周辺的な位置づけであっても、フリースクール、オルタナティブスクール、通信制高校など、学校以外の学びの選択肢は現実に広がっている。そこでは子ども一人ひとりのペースに合わせた学びが実践され、多くの子どもたちを支えている。
ただし、それらはあくまで“例外的な支援”として扱われており、制度の中心にはなっていないのが現在の姿である。
6.OISTが示すもう一つの可能性
沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、文部科学省ではなく内閣府の管轄で運営されている。学部を持たない大学院大学として完全英語環境で研究を行い、国際基準の人事制度を採用するなど、既存の大学制度とは異なる枠組みで成功してきた。
この事例は、「既存制度の枠内で改善する」だけでなく、「別の制度レイヤーをつくる」という発想の重要性を示している。
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