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【夫婦比較】HSS型HSPな私とギフテッド夫を比較してみた・・・

📌前回のエピソードはこちらから↓↓↓


🐾ベッドに横たわる夫。タオルの端を握りしめながら

寝室の灯りを落とすと、夫はゆっくりと布団にくるまった。
手には柔らかいタオルの端を顔の近くに添えて、
まるで“クマ🐻”のようにうずくまる。

その姿を見ながら、
「ああ、この人も“HSP”なんだ」と確信した。

でも、その先に広がる夫の“感覚”は、
私が知っているHSPとはまた、少し違っていた。


🐾私の中にある、HSS型HSPの“躁”と“静”

私はいわゆる「HSS型HSP」だそうです。
夫がギフテッドと知ってから、色々と調べてるうちに
「HSS型HSP」というワードを知った。

まさにこれっ!
私のことだっーーーー!!!

と叫んだ。
今までの心のモヤモヤがすーっと消えていった。

刺激を求めるくせに、すぐ疲れてしまう。
新しい体験、旅、出会い、挑戦が大好き。
でも、予定を詰めすぎると、突然スイッチが落ちる。

たとえば。。。

  • 「この人おもしろいかも」と思って会いに行く

  • 「次はこっちのエリアに行ってみよう」と思いつく

  • 「これやってみたい」と思うとすぐ行動

…が、次の日にはすべてが面倒になる。

「なんであんなに張り切ったんだろう」
「もう、誰とも話したくない」

そんな自分に嫌気がさしながらも、今はもう慣れている。

あの“躁”モードは、仕事から帰宅し、ハーブティーを飲み終えたあとにやってくる。
急にスイッチが入るように、家中を片付け始め、Netflixでドラマを見ながらLINEを返し、同時にnoteの構成をメモして、期日が迫るプレゼン資料の構成を考える・・・。

ハーブティーとは本来、心を落ち着かせるために飲むもの。
なのにスイッチが入った途端、脳内は沸騰寸前。
その勢いのまま週末の予定を埋め尽くす。

月曜日から金曜日までフルマラソンモードで仕事をこなしてる、
自他認めるワーカホリックな私。
せっかくの休日なのに、朝から晩まで1時間刻みで予定が並ぶ。

けれど、金曜日の夜になってふと立ち止まると、世界がぐるぐる回っている感覚になる。
「私、なんでこんなに詰め込んじゃったんだろう」
何もしていないのに涙が出そうになって、スマホの通知が鳴るだけでため息が出る。

そのときにはもう、すでに“静”モードに入っている。
誰にも会いたくなくなってる。

「躁」の私が決めた予定を、「静」の私はすべてキャンセルしたくなる。
でも、そうするとまた罪悪感に飲まれる。
“私ってめんどくさいな”と、自分を責める。

けれど、最近「HSS型HSP」という特性を知った。
すると、ようやくそんな私を少しずつ受け入れられるようになってきた。


🐾夫のHSPは、もっと「受動的で純粋な過敏」だった

夫は、ギフテッドであり、HSP的な敏感さも持っている。
でも、私のように自ら刺激を求めには行かない。

彼が欲していたのは「静けさ」だった。
照明の明るさ、食器の音、人混み、風の動き、雑音・・・
五感のひとつひとつが過敏に反応する。
脳内センサーが常にONのまま。

「なんでそんなに疲れるの?」と聞くと、
少し困ったような顔をしてこう言った。

「カフェに入っただけで、隣のテーブルの会話、BGM、照明、コーヒーの匂いが全部一気に押し寄せてくる。脳内センサーが勝手に反応する。」

私は思った。
「ああ、この人は私と似てて、何かが違う。HSS型ではない。」


🐾すれ違いの瞬間。私は“外”に、夫は“内”に逃げる

面白かったのは、同じ“敏感さ”を抱えていても、反応の仕方、心のベクトルが真逆だったこと。

私🐥は外に出る。
刺激がきたら、それをさらに上回る刺激でかき消そうとする。
予定を詰める、旅に出る、人に会う、アクティブを求める。

夫🐻は内にこもる。
部屋を暗くし、毛布にくるまり、タオルを握って横たわる。
「安心できる香り」「触覚」「無音の時間」だけを求める。

同じ「生きづらさ」を持っているのに、
私はアクセルを踏み、HIGH(ハイ)状態に、
夫はブレーキを踏み、LOW(ロー)状態に。

まったく真逆の守り方をしていた。


🐾ギフテッド×HSPの相互作用

夫はギフテッド特性も強く持っている。

  • 高い情報処理能力

  • 並外れた記憶力

  • 感情や身体感覚の過敏さ

  • 深い死生観や哲学的探究

HSP気質にギフテッドが掛け合わさると、
「処理を止めたくても止められない脳」が生まれる。

夫はその中でずっと生きてきた。

夫が帰宅すると私にだけ見せる、
「甘えた声(=子どもに戻る瞬間)になる」スイッチ
の正体だったのかもしれない。

「安心できる人」、「信頼をおける人」にだけに見せる姿だった。


🐾交わるのではなく、「交差点」として一緒に歩む

私と夫は、完全に同じタイプじゃない。
むしろ「似てるのに、全然違う」って思うことが多い。

私は走って、夫は止まる。
私は「次のこと」に目が向き、
彼は「今の刺激」に集中している。

でもたぶん、
「この社会の空気に、うまく乗れない、生きづらい」という点では、
私たちは同じ場所に立っているのかもしれない。


🐾“共にいること”が、いちばんの安心になるように

最近、夫はよくこう言う。

「〇〇一緒にたべる?」
「それ、一緒に見たい」
「今日はコーヒー☕️、どっちが入れる?」

かつてはいつも私に”許可”を求めていたが、
今の夫からは”共有”を求める言葉が出てきている。

私たちは、どちらも不器用で、
どちらも、自分の時間軸じゃないと生きられない。
でも、共に居ることなら、できる。

“理解し合う”より、“共に暮らす”ということ。
それが、私たちのギフテッド❎HSS型HSPにとって、安心の形なのかもしれない。


今日も夫は「クロワッサンの匂いがいちばんの癒し」と言っています。執筆をそっと応援してくださる方からのチップ💚で、今日も夫に一つ、おいしいご褒美🥐を届けられたらうれしいです。


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