【8月15日】「あなたたちが望んだ未来は残っていますか?」ある若者のつぶやきと、答えのない私たちの「平和」
8月15日。 終戦から81年目を迎える一日です。
日常の中で飛び交うニュース、SNSで流れてくる誰かと誰かの争い、正義と正義のぶつかり合い。 「何が正しくて、何が間違っているのか」がどんどん分からなくなっていく現代社会の中で、ふと胸に突き刺さるような「ひとつの詩」に出会いました。
それは、現代を生きる「ある若者」の心の葛藤を描いた言葉です。
何を言っても「何も知らないくせに」と怒られ、自分の素直な感情すら口にできなくなっていく若者の姿。
今日は、まずこの詩をみなさんにそのままお送りしたいと思います。 どうか少しだけ立ち止まって、この言葉たちに耳を澄ませてみてください。
1. [詩]言葉を紡ぐのをやめた若者の話
無知でたいした経験も持ち合わせない若者がいた
その若者が疑問を投げた
『今って平和だよね』
何も知らないくせに何を言っているんだと大勢から怒られた
若者は
『これが平和だって言えない理由か』
とつぶやいた
若者は
『家族がいるって温かいね』
って自分の子と目を合わせて言った
きずなというくさりがいやだったんだよ
と親に見捨てられた子どもたちを保護する活動をしている方に泣きながらうったえられた
さっきの自分の言葉の温度が冷める
それでも若者は自分の子の手をにぎった
若者は日本代表が震えながら国歌を歌う姿を見て感動した
対戦相手の国はもっと迫力があった
国歌の歌い方でもめる国を不思議に思った
何も知らないんだねって
可哀想な目で見られた
誰も教えてくれなかったんだよって
言いかけたけどやめた
きっとその人も知らないんだろうから
若者は被災地で汗を流す自衛隊員を見て
心が奮い立った
その自衛隊員が古古古米を食べていると知って
自分はわがままだと思った
世の中には自衛隊員の活動に
石を投げる人がいると知った
あなたの安全を守る人たちだよって
言いかけたけどやめた
そういって軍国主義者って
怒鳴られているおじさんを見たから
国家よりも国民が大事
若者もそう思った
自由がなくなるって聞いたら怖かったから
日本にいるから『自由』について意見が言えるんだよって先生が言った
どうやら日本という一つの家らしい
『家を支えるのは住んでる人の義務でしょ』
って偉そうなスーツを着たおじさんが言った
若者は住んでる人だって
支えようとしても支えられない人もいるんだよって
言いかけたけどやめた
何も知らないくせに
わがままみたいな権利を主張するのはやめろって
怒られそうだったから
若者は好きって相手に伝えるのが怖かった
好きにもいろいろあって
こっちが思う好きと
相手が思う好きが
少しずれたら
大変だよってニュースで見たから
好きって伝えるために
相手の顔色をよく見て
『好きって言ってもいいのかな?』って
相手に確認をとってから
『好き』
って言うんだ
ネダバレじゃないかって思ったけど
世の中いろんな人がいるからなぁって
諦めるしかないのかも
8月15日の今日
81年前のあの日を思い浮かべて
感謝の祈りを捧げた
そんな日はなんでもない日だって
何も知らない若者が増えて困るって
呆れた顔をされた
もっと早く終わるって言えば
あんなことやこんなことがなかったのに
自分のことばっかり考えて
ここまで延したんだよって
言っていた
『簡単に決断できない理由があったんじゃない?』
って言おうとしたけどやめた
何も知らないくせに
って言われそうだと思ったから
若者は空を見上げた
でもすぐにやめた
先人たちに尋ねようと思っていた言葉を
ぐっと飲み込んで.........
『あなたたちが望んだ未来は残っていますか?』
今の世の中を嘆いているように見えるから
若者は無知でたいした経験も持ち合わせない
だから話を聞けば考えが揺れる
新しく知れば考えが揺れる
みんなが幸せに暮らすためには?
その大きな疑問の答えは
高いところにあるんだけど
そこへ行くために
多くの人の上を通っていくのだと知った
みんなの幸せと同じだけ
誰かの悲しみがあって
誰かの苦しみがあるから
他の誰かの笑顔が生まれている
だって若者は命をいただいているから
それはあなたもそうでしょ?
って言いかけたけどやめた
もやもやとした何かが
ずっと頭に住んでいる
みんなのためになるってことは
みんなのためにはならないってこと
若者は言葉を紡ぐのをやめた
これでいいんでしょ?ってつぶやいて......
2. 「言いかけたけどやめた」——私たちが奪われているものの正体
読後、胸の奥がキュッと締め付けられるような、そして深くため息をつきたくなるような感覚を覚えた方も多いのではないでしょうか。この詩の中で何度も繰り返されるフレーズがあります。
『言いかけたけどやめた』
素直な感動、素朴な疑問、相手を思いやる気持ち、歴史や国家への素直な感謝や疑問。 何かしらの意見を持とうとするたびに、大人は、世間は、SNSは、容赦なくこう言い放ちます。
「何も知らないくせに」
「お前はわがままだ」
「不謹慎だ」
「軍国主義者だ」
「歴史を知らない若者が増えて困る」
右を見ても、左を見ても、誰かの「正しいとされる正義」が鋭く尖っていて、少しでもそこから外れた発言をすると、一斉に石が飛んでくる。「好き」と伝えることすら、相手の顔色をうかがって「好きって言っていいですか?」と確認しなければならない息苦しさ。
その結果、若者はどうなったか。
「言葉を紡ぐのをやめた」のです。
「これでいいんでしょ?」と諦めたようにつぶやいて。
教員として、日々子どもたちや若者と接している私にとって、この結びはあまりにも切なく、そして大人として申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。社会が「自由」になり、SNSで誰でも発言できるようになったはずなのに、私たちは逆に「自分の言葉を素直に口にする自由」を失っているのではないでしょうか。

3. 「誰かの幸せ」の裏にある「誰かの悲しみ」と、先人への問い
詩の後半、若者は社会の残酷な構造に気づきます。
みんなが幸せに暮らすためには?
その大きな疑問の答えは高いところにあるんだけど
そこへ行くために多くの人の上を通っていくのだと知った
みんなの幸せと同じだけ 誰かの悲しみがあって
誰かの苦しみがあるから 他の誰かの笑顔が生まれている
私たちが今日、涼しい部屋で美味しいご飯を食べ、家族と笑い合い、安全に暮らせていること。 その陰には、かつて命をかけてこの国を守ろうとした先人たちの犠牲があり、過酷な現場で汗を流す自衛隊員の方々の献身があり、あるいは見知らぬ誰かの犠牲や苦しみが存在しています。
「命をいただいて生きている」というのは、肉や魚を食べることだけではありません。 誰かの苦労や過去の犠牲の上に、私たちの「日常」が成り立っているという事実です。
だからこそ、若者は空を見上げ、英霊や先人たちに問おうとしました。
『あなたたちが望んだ未来は残っていますか?』
しかし、若者はその問いすらも飲み込んでしまいます。 なぜなら、今の世の中を見渡すと、互いに罵り合い、分断し、過去の歴史を笑ったり批判したりして、とても「あなたたちのおかげで幸せな未来になりました!」と胸を張って言える状態に見えなかったからです。
命を散らしていった先人たちが思い描いていた「未来の日本の姿」は、果たして今の私たちのような姿だったのでしょうか。
結び:もやもやを抱えたまま、それでも言葉を紡ぎ続ける
「みんなのためになるってことは、みんなのためにはならないってこと」
若者が最後にたどり着いたこの言葉は、人間社会の絶対的な矛盾を突いています。
全員が100%納得する「完璧な正解」なんて、この世界には存在しないのかもしれません。
ですが、私は小学校の教員として、そして一人の父親として、こう思いたいのです。
「何も知らないからこそ、揺れていい。もやもやしていい。」
知識や経験がない若者が、純粋に「今って平和だよね」「家族って温かいね」と感じる素直な心。
それ自体は決して間違いでも、恥じることでもありません。
大人の役割とは、その素朴な感情を「無知だ!」と叩き潰すことではなく、「そう感じられたのは素敵なことだね。でもね、世界にはこういう歴史や側面もあるんだよ」と、優しく言葉を重ねてあげることではないでしょうか。
言葉を紡ぐのをやめてしまった若者へ。
そして、日々のニュースや人間関係でもやもやを抱え、口を閉ざしてしまっているあなたへ。
正解なんて分からなくていい。考えが揺れてもいい。 誰かに怒られるのが怖くて一度は言葉を飲み込んだとしても、どうか「考えること」と「優しさを持つこと」だけは諦めないでほしい。
8月15日の今日。 私は、かつてこの国を支えてくれた先人たちに感謝の祈りを捧げると同時に、これから未来を生きていく子どもたちが「自分の言葉で素直に想いを語れる社会」をつくっていくことを、静かに誓いたいと思います。
「あなたたちが望んだ未来」に、少しでも近づけるように。
答えのない問いを胸に抱えながら、私はこれからも子どもたちと共に、言葉を紡ぎ続けていきます。


