友達
私には友人と呼べる存在がいません。
かといって寂しい青春時代だったかと言うと、そうでもなくて…。
確かに小中学生の頃は周りに馴染めず、友人もいませんでしたが高校・短大は楽しく過ごせました。
しかし何年かにいっぺん、連絡を取り合う友人を抜かせば、今も付き合っている友人はいません。
ひとりだけ、年一でも定期的に連絡を取る人はいるのですが、残念なことに子供を産んでから変わってしまって…。
人を育てるのだから仕方ないことです。
そのため、特に会うなどせず年一や何かあった時連絡を取る程度に。
会うと昔と変わった所ばかりが目についてしまうので、私が悲しいのです。
子供も作らず歳を重ねた自分がおかしいだけかもしれませんね。
生活環境や歳を重ねれば、変わるのは当たり前です。
私は本当に大事にしたい友人にはかなり尽くします。
友人が辛い時は仕事を休んでも会いに行くし、心配もします。
でも私は友人にそれをされたことがありません。
辛くても私が友人には何も言わないからかもしれませんが、ふと愚痴を言っても遠くまで交通費をかけて会いに来てくれる友人も、ましてや仕事を休んでこちらの都合に合わせてくれる友人もいません。
いつも会うのは私発信で、むこうの都合に合わせるだけ。
私がわがままなのでしょう。
だから私には友人と呼べる存在がいないのです。
友人がいると生活が潤うと聞きますが、気を使ったり一緒にいても安らげない人と遊ぶなら私は1人を選びます。
この歳で無理に新しい友人を作ろうとも思わないですし、いなくても良いと思っています。
ただ、YouTubeやTVを見ているとこんな友人がいたらいいなぁというエピソードも多々あって。
私は友人には恵まれませんでしたが、それは恐らく私に原因があるのでしょう。
類は友を呼ぶと言いますが、私は忖度抜きで友人関係を続けることができないのかもしれません。
嫌な大人になったものです。
他人を羨ましいなと思ったり、自分が嫌だなと思うのは誰かと自分を比べた時です。
比べる対象がいなければそれは起きません。
寂しい人生でしょうか。
希薄な人間関係は私はいりません。
大人になって何人か友人らしき人はできましたが、皆酷い決別をしました。
だから友人を作ることに抵抗があるのかもしれません。
自分は自分。
私らしく私らしい素の自分で付き合える友人は悲しいですが今後現れる気はしません。
私はわたしと生きていきます。
