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【阪急京都線】水無瀬駅  120%満喫する 新幹線が真横を通過する!

阪急京都線・水無瀬駅は、大阪府三島郡島本町にあります。
 
阪急京都線で、大阪府最北端の駅となります。
次の大山崎からは、京都府です。
 
島本町には鉄道の駅が2つあります。
当駅と、もう一つはJR京都線の島本駅で、ここから歩いて8分のところにあります。
 
島本駅は、2008年にできた新しい駅で、それまでは当駅が島本町唯一の駅でした。
 
当地に駅ができるのは極めてふさわしいことです。
なぜなら、はるか昔奈良時代に、駅があったからです。
 
ええ? 奈良時代に駅?
はい。奈良時代に駅がありました。と言っても、当たり前ですが、鉄道の駅ではありません。
駅はうまやとも言って、古代において幹線道路に一定間隔で設置され、馬を替えたり、休憩や宿泊をしたりする場所でした。
 
京都線とクロスする楠公道路を西に進んでいけば、JRの島本駅に至ります。
 
続日本紀に、和同4年、つまり711年に大原の駅が設けられたという記述がありますが、それは後の桜井の駅のことと思われます。
そこは楠木正成・正行(まさつら)親子の決別の場所としてたいへん有名になりました。
 
1336年、湊川の戦いに赴く楠木正成は、死を覚悟していました。
そして桜井の駅において、「いつの日か必ず朝敵を滅ぼせ」と諭して、息子の正行を河内の国に帰らせます。
 
これは太平記の最も有名な場面で、桜井の別れとして戦前の教科書に必ず載っている話でした。
明治初期から戦前まで、尊皇の念のあつい楠木正成の人気は特別なものでした。
 
島本駅前にある桜井の駅跡は、今は静かで人もまばらな公園ですが、明治天皇、東郷平八郎、乃木希典(のぎまれすけ)、近衛文麿、なぜかハリー・パークスを含め、そうそうたる面々が歌や字を残しており、戦前の楠木正成人気が、いかにすさまじいものであったかを物語る場所となっています。
とても不思議な空間ですね、あそこは。
 
駅の東側には、国道171号との間に大きなバスロータリーがあり、阪急バス若山台線などが乗り入れています。
高架下に島本センターという商店街があります。いいですね。
 
西側は、ロータリーは小さいですが、人の出入りは東よりも多い印象です。
 
当駅の1日の乗車人員は、約5000人です。
 
ホームは相対式。この日は、人身事故の影響もあって淡路方面ホームに人が多いです。
 
さて当駅は1939年(昭和14年)に、京阪電気鉄道によって開業しましたが、当初の名称は桜井の駅駅でした。
その頃は、桜井の駅跡を訪れる人々でにぎわっていたので、ふさわしいネーミングでした。
 
ちなみにその5年前に、今の上牧駅が開業していましたが、当初の名称は「上牧桜井の駅駅」でした。桜井の駅跡に最も近い駅だったからです。
桜井の駅駅の開業により、上牧桜井の駅駅は、上牧駅に改称しました。
ややこしいですね。
 
当駅は戦後になって楠木正成人気が落ち着いたこともあり、1948年(昭和23年)に水無瀬駅に改称しました。
 
水無瀬とは、川の水が沈み込み、涸れたように見える川を指しますが、当駅の北1キロくらいのところを流れる水無瀬川は、普通に流れる水が見えます。
 
承久の乱を起こした後鳥羽上皇がここにある離宮を大変気に入っていました。
その離宮跡は、今は水無瀬神宮となっています。
 
さて、1963年、京都線が高架化工事を行っている約半年の間、阪急は開業直前の東海道新幹線の線路を借用し、上牧、大山崎と同じく、仮設ホームを設置して営業していました。
これは、阪急電車が新幹線の線路を走った、ということでたいへん有名なエピソードです。
 
高架化工事が完了してからも、当駅の横には新幹線線路が同じ高さでぴったりと並んでおり、その通過を大迫力で体感することができます。
 
すごいですね。
すごい以外の言葉が出てきません。


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