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【JR予讃線】松山駅 120%満喫する 三角屋根がレトロな駅舎 高架化工事前

JR予讃線・松山駅をご紹介します。
 
空襲により焼失した初代駅舎に代わり、戦後の1953年に完成した2代目駅舎が健在です。
 
2000年にリニューアルされて、夏目漱石の小説「坊ちゃん」の世界を表現した、三角屋根が新設されました。
それゆえにレトロな雰囲気が漂い、地方都市の玄関口の、懐かしい地上駅といった趣が感じられます。
 
松山市は愛媛県の県庁所在地で、人口51万人。
四国地方では高松・高知・徳島を抑えて最多。
中国・四国地方で言っても、広島市・岡山市に続く第3位の人口規模があります。
 
といっても当駅が位置するのは市街地の西の端で、松山が一番栄えているのはここから南東へ約1キロのところにある、伊予鉄の松山市駅のあたりです。
 
地元の利用者も伊予鉄の方が多く、JRは県外への長距離を移動する時に使う程度という人が多い状況です。
 
それでも、当駅は(この時点で)高架化工事が進められており、将来の駅周辺は今とはがらりと違う風景に変わっていることでしょう。
 
松の枝越しの松山駅。
これほど松の枝が似合う駅は、他にないでしょう。
 
伊予鉄路面電車のJR松山駅前停留場があります。
松山市駅まで5駅です。
 
詳しくは松山市駅の動画を見ていただければと思いますが、あちらはびっくりするくらい都会です。
 
松山の地名は、松と関係がありますか?
はい、あります。
 
江戸時代初めの1603年、加藤嘉明(よしあき)が勝山に城を築いた際、長寿の象徴である松にあやかり、松山と命名しました。
 
他に、徳川家康の姓である松平から一字をもらった、という説もあります。
 
松山は、日本最古とも言われる道後温泉で古くから知られていました。
 
あの聖徳太子も絶賛し、中大兄皇子が白村江の戦に行く途中で立ち寄ったことでも知られています。
 
鎌倉時代には、水軍を率いる河野氏が台頭し、伊予の国を支配していました。
 
その後、戦国時代に豊臣秀吉の軍勢が攻めよせ、河野氏は追いやられ、加藤嘉明が松山城をつくりました。
 
松山城は町の中にある山城で、山頂にある天守が美しいですね。
 
江戸時代に松平定行(さだゆき)が転封により松山藩に入り、城下町を整備しました。
 
明治時代に愛媛県となり、夏目漱石が英語教師として赴任してきたり、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の主人公、秋山好古(よしふる)・真之(さねゆき)兄弟が生まれ育った故郷ともなりました。
 
改札越しに特急列車が停車しているのが見えて、旅の気分を盛り上げます。
 
宇和島名物じゃこ天の実演販売のお店もあります。
 
焼き鳥のまち今治生まれ、鳥であるバリィさんは、来島(くるしま)海峡大橋をイメージしたクラウンをかぶり、タオル生地の腹巻をしています。
 
改札に直結した単式ホームと島式ホームが組み合わさった2面3線となります。
 
1番乗り場は12両編成分の長さがあり
北側で岡山とを結ぶ「しおかぜ」 高松とを結ぶ「いしづち」
南側で宇和島とを結ぶ「宇和海」が発着します。
 
特急列車が縦列で停車するという、珍しい形態を取っています。
 
漱石の赴任してきた松山中学は現在の県立松山東高校ですが、その時の体験をもとに書かれた小説が坊ちゃんです。
 
小説の中で「マッチ箱のような汽車」と表現されたのは、明治21年に開業した伊予鉄道のことです
 
官設鉄道の駅が松山まで延びてきたのはずいぶん遅く、1927年(昭和2年)になってからでした。
その年、鉄道省讃予線・伊予北条から当駅が開通したことに伴い、開業します。
 
JRの都道府県代表駅で最後に開業した駅となります。
 
その時、既に伊予鉄道の松山駅がありましたが、鉄道省は伊予鉄道に駅名の変更を要求します。
伊予鉄道は省線の駅名を「伊予松山」とすればよいと反発しましたが、鉄道省は伊予鉄の運輸課長を東京の本省に呼び出して圧力を掛けます。
結局、伊予鉄側が折れて松山駅の名前を鉄道省に譲りました。
 
伊予鉄の駅名は松山市駅となりましたが、しこりを残すことになりましたね。
 
特急しおかぜといしづちが連結しました。
多度津駅で、切り離しが行われます。
 
1930年、讃予線は予讃線に名前が変わります。
「讃」と「予」の漢字を入れ替えただけですが、これは山陽本線との混同を避ける為でした。
 
たしかに、讃予線と山陽線のままだったら、瀬戸内海を隔ててだいたい並走していますし、まぎらわしいですね。
整形外科と形成外科がまぎらわしいのと同じですね。
 
1945年、空襲により駅舎が焼失しますが、1953年に鉄筋コンクリートの2代目駅舎が完成して復興します。
 
宇和島方面隣は、市坪(いちつぼ)です。
 
1978年、跨線橋が設置されます。
それまでは構内踏切があったんでしょうね。
 
1990年、予讃線の伊予市駅までが電化されます。
 
現在JR四国で電化されているのは予讃線の伊予市までと、土讃線の琴平までです。
 
高松、松山は電化されていますが、徳島、高知は非電化です。
 
この時点では、当駅が地上駅のままであるため町が南北で分断されています。
周辺の道路はいまだに狭隘で、市街地としての抜本的な改良が必要なため、高架化工事が行われています。
 
2020年、駅構内にあった車両基地が南伊予駅に移転しました。
 
高架化後の松山駅には、2面4線で計画されています。
 
当初、完成は2017年度を予定していましたが、事業計画が遅れています。
2023年には高架橋の設計ミスが発覚しました。
高架への切り替えは2024年度以後になる見込みです。
 
その際は、松山駅の下をくぐる形で伊予鉄の市内電車が、松山空港まで乗り入れることが計画されています。
 
1日の乗車人員は4700人。
JR四国の駅では、高松駅、徳島駅に次いで第3位です。


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