パラダイス:希望(2012🇦🇹)
原題: PARADIES Hoffnung(2012、オーストリア、91分)
●脚本・監督:ウルリッヒ・ザイドル
●出演:メラニー・レンツ、ジョセフ・ロレンツ、ミヒャエル・トーマス、ビビアン・バルトシュ
パラダイス三部作の最後は、『パラダイス:愛』のテレサの娘メラニーが主人公。
肥満改善のための合宿に半ば無理やり連れていかれるところからストーリーが始まる。
健康面や栄養学的アプローチというより「規律の厳守」という方面からダイエットが課されている。
欲望は規律によってコントロールされるが、それの歯止めが利かなくなった子供たちというような描かれ方がされていて、「禁欲」が一つのテーマとなっている。
メラニーの脂肪はこの映画内では「抑えきれなかった欲望」の象徴として表現されている。
ここでザイドルが持ってきた題材は、少女と中年男性の異性間における関係というまたしても挑発的で際どいテーマ。
女の子がはるかに年上のおじさんに恋をするということは、恋に恋する年ごろであればありうる状況かもしれない。
それが純粋な恋心だとしても、その恋心におじさんが本気で応えることは普通はなく、うまく傷付けずに紳士的にあしらおうとするだろう。
しかしながらもしもそのおじさんが肥満の少女が好きなおじさんだったら話が変わってくる。
ただし中年男性と少女が男女の関係になることは公然のタブーでありその欲望は抑えられなければならない。この男性医師は一線を超えそうな行動を起こしながらもスレスレのところでとどまっている。
仮定の話として、医師がメラニーの気持ちに応えて二人が相思相愛の関係になったとしても社会的には許されないことであり決して幸福になることはない。
メラニーの恋は終わらなければならない。
無視され、否定され、諦めなければならない。
終わった先に「希望」がある。
欲望だけで人は社会の中で生きていくことは出来ず、「規律」で守られた恋愛を覚えていくことによって成長していくだろう。
そう思えば比較的ポジティブなメッセージ性を持った映画だと言えるし、教養小説のような映画として捉えることができる。
ただし、医師が自らの欲望を理性を働かせてストップをかけたことでギリギリ「何も起こらなっただけ」とも言える。
彼のような(ギリギリ)紳士ではなく、悪質な性犯罪志向を持った人物にメラニーが恋をしてしまったらどうなってしまうのだろう。
「希望」ってなんだろう?
「絶望ではないこと」を指すのであればこの映画はまさに「希望」だ。
