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【打席前に重いバットを振ると、本当にスイングは速くなるのか?】「速く振れている気がする」と「実際に速い」は違う

はじめに


野球では昔から、打席前に重いバットを振る選手が多くいます。

バットにドーナツ型の重りを付けて素振りをする。

マスコットバットを振る。

重いバットを振った後に、試合用バットを持つと軽く感じる。

そして、

「速く振れそう」

「ヘッドが走りそう」

「身体が温まる」

そんな感覚になります。

しかし、今回紹介するSouthard & Groomer(2003)の研究は、この常識に疑問を投げかけました。

なぜ「重いバット」が使われるのか


重いバットを振る目的は、主に2つあります。

1つ目は、筋肉を温めること。

2つ目は、試合用バットを軽く感じさせることです。

重いものを振った後に普通のバットを持つと、確かに軽く感じます。

この感覚は多くの選手が経験したことがあるはずです。

しかし、ここで重要なのは、

軽く感じることと、実際に速く振れることは違う

という点です。

運動感覚の錯覚


重いものを扱った後に、通常の重さのものを持つと、軽く感じる現象があります。

これは、

Kinesthetic Aftereffect

と呼ばれます。

日本語では、

運動感覚の残効

または

運動感覚の錯覚

と考えると分かりやすいです。

つまり、脳と身体が一時的に、

「いつもより軽い」

「いつもより速く動かせる」

と感じる状態です。

しかし、過去の研究では、この感覚が必ずしも実際のパフォーマンス向上につながるわけではないことが示されています。

この論文でも同じことが起きました。

選手は速く振れているように感じても、実際のバット速度は上がらなかったのです。

この研究は何を調べたのか


研究対象は、経験のある男性野球選手10名です。

年齢は20〜25歳。

6名は大学野球チームの現役選手、残り4名も高校以上の野球経験者でした。

選手たちは3つの条件でウォームアップを行いました。

条件① 通常バット


試合で使うような通常バットでウォームアップ。

その後、通常バットでスイング。

条件② 重いバット


通常バットにドーナツ型の重りを付けてウォームアップ。

その後、通常バットでスイング。

条件③ 軽いバット


軽いプラスチックバットでウォームアップ。

その後、通常バットでスイング。

全ての条件で、ウォームアップ後に通常バットを使って最大努力でスイングしました。

研究者は、

・バット速度
・手首、肘、肩のタイミング
・関節間の速度差
・スイングパターン

を解析しました。

この研究の重要ポイント:重さではなく慣性モーメント


この論文で非常に重要なのが、

Moment of Inertia

です。

日本語では、

慣性モーメントです。

多くの選手や指導者は、

「重いバット」

「軽いバット」

というように、重さだけで考えます。

しかし、スイングでは単純な重量だけでは不十分です。

重要なのは、

その重さがどこに分布しているか

です。

慣性モーメントとは何か


慣性モーメントとは、

簡単に言えば、

回しにくさ

です。

同じ重さでも、

重さがグリップ近くにあるバットと、

ヘッド側にあるバットでは、

振りやすさが全く違います。

例えば、

同じ900gのバットでも、

ヘッドが効いているバットは重く感じます。

一方で、

手元バランスのバットは軽く感じます。

これは、重量ではなく慣性モーメントが違うからです。

ドーナツ型の重りが危険な理由


ドーナツ型の重りは、バットの先端側へ移動します。

すると、単にバットが重くなるだけではありません。

バットの回転しにくさが大きく増えます。

この研究では、

通常バットの慣性モーメントは

0.27 kgm²。

重いバットは

0.49 kgm²。

つまり、かなり大きく増加しています。

これは、選手のスイング動作にとって大きな制約になります。

結果① 重いバット後はバット速度が低下


最も重要な結果です。

重いバットでウォームアップした後、

通常バットでスイングした時のバット速度は、

3条件の中で最も低くなりました。

つまり、

重いバットを振った後に普通のバットを持っても、

実際には速く振れていなかったのです。

結果② スイングパターンが変化した


この研究が優れているのは、

単にバット速度だけを見ていない点です。

研究者は、

「なぜ遅くなったのか」

をスイングパターンから分析しました。

その結果、

重いバットでウォームアップすると、

スイング中の関節のタイミングが変化していました。

特に、

リード側の肘と手首のラグが減少

していました。

ラグとは何か


ラグとは、

近位部が先に動き、

遠位部が少し遅れてついてくる時間差です。

打撃では、

体幹











手首



バット

という順番で力が伝わります。

この時、手首やバットが少し遅れてくることで、最終的に大きな速度を生み出します。

これはムチのような動きです。

つまりラグは、

力をためて伝えるために必要な遅れ

です。

重いバットはラグを消す


重いバットでウォームアップした後、リード側の手首と肘のラグが小さくなりました。

これは、

手首が肘に対してうまく遅れてこないということです。

つまり、近位から遠位へのエネルギー伝達が崩れます。

その結果、バットへ速度を足し込めなくなります。

これがバット速度低下につながったと考えられます。

結果③ キネティックチェーンが崩れる


打撃は、身体を順番に使う運動です。

下半身



骨盤



体幹











手首



バット

この流れによって、最終的にバットヘッドが加速します。

しかし、重いバットを振ると、この順番が乱れやすくなります。

研究では、重いバット後のスイングは、

poorly organized open kinetic chain

つまり、

うまく組織化されていない開放性運動連鎖

と表現されています。

簡単に言えば、

身体の連動が崩れたスイングです。

結果④ 押し込むスイングになる


研究者は、重いバット後の打者は、

後ろの腕でバットを押し込むようなスイングになっていたと考察しています。

これは非常に現場的です。

重いバットは振り抜きにくいため、

自然と後ろ腕で押すようになります。

その結果、

前側の腕はバット速度を上げる役割ではなく、

安定させる役割になりやすい。

つまり、前側の腕がブレーキのように働く可能性があります。

「押し込む」と「走らせる」は違う


打撃では、

バットを押し込む感覚が必要な場面もあります。

しかし、ヘッドスピードを最大化するには、

腕で押すだけでは不十分です。

ヘッドを走らせるには、

近位から遠位への連鎖と、

遠位部のラグが必要です。

重いバット後のスイングでは、

このラグが減り、
押し込み型になった可能性があります。

なぜ選手は速くなったと感じるのか


ここが非常に重要です。

重いバットを振った後、
試合用バットを持つと軽く感じます。

だから、

「速く振れている」
と感じます。

しかし、

それは感覚です。

実際の速度とは一致しません。

この論文では、

重いバット後にスイング速度が最も低くなりました。

つまり、

感覚は速い。
でも実際は遅い。


これが重いバットウォームアップの落とし穴です。

軽いバットではどうだったか


この研究では、軽いプラスチックバットでウォームアップした条件もありました。

結果として、軽いバット条件は通常バット条件と比較して大きな低下は見られませんでした。

ただし、この研究だけで、

「軽いバットを振れば必ず速くなる」

とは言えません。

重要なのは、

重すぎるバット、特に慣性モーメントが大きすぎるバットは避けた方がよい

ということです。

試合前ウォームアップの原則


この研究の結論は明確です。

打者は、試合で使うバットでウォームアップする方がよい。

なぜなら、

試合直前に必要なのは、

筋トレではなく、

試合で使うスイングパターンを整えることだからです。

なぜ試合用バットが良いのか


試合用バットでウォームアップすると、

・タイミング
・バットの重さ感
・ヘッドの走り
・ラグ
・手首と肘の協調
・体幹から腕への連動

が実戦に近い状態で準備されます。

つまり、

神経系が試合動作に合わせて調整されます。

試合前にやってはいけないこと


試合直前に、

大きく慣性モーメントが違うバットを振ることは、

試合用スイングとは違う運動パターンを脳に入力する可能性があります。

特に、

・極端に重いバット
・ヘッド側に重りがあるバット
・ドーナツ付きバット
・重すぎるマスコットバット

は注意が必要です。

±10%ルール


過去の研究では、

試合用バットの重量から大きく離れすぎない方がよいとされています。

目安としては、

試合用バットの±10%以内

です。

この範囲なら、スイングパターンを大きく崩しにくい可能性があります。

ただし、本当に重要なのは単純な重量ではなく慣性モーメントです。

同じ重量でもヘッド側が重いバットは、スイングへの影響が大きくなります。

現場への応用


① 打席直前は試合用バットを使う


オンデッキでは、試合で使うバットと同じ、または非常に近いバットを使う。

② 重いバットは筋トレとして使うなら別


重いバットを完全に否定する必要はありません。

ただし、使うなら試合直前ではなく、

トレーニングまたはスイング強化

として別枠で行うべきです。

③ ドーナツは慎重に使う


特にヘッド側に重さが加わるドーナツは、慣性モーメントを大きく変えます。

試合前ルーティンとして常用するのは注意が必要です。

④ 感覚に騙されない


「軽く感じる」

「速く振れている気がする」

だけで判断しない。

可能なら、バット速度や打球速度を測定する。

⑤ ラグが消えていないか見る


重いバット後に、

・手首が早く出る
・肘と手首が一緒に動く
・後ろ腕で押す
・ヘッドが遅れてこない
・前腕でこねる

こうした変化が出るなら注意が必要です。

指導者へのメッセージ


選手が

「重いバットを振った方が軽く感じる」

と言うのは間違いではありません。

その感覚自体は本物です。

しかし、

「軽く感じる」

ことと

「速く振れる」

ことは違います。

指導者は、感覚と実測値を分けて考える必要があります。

最終まとめ


この研究では、

通常バット

重いバット

軽いバット

を使ったウォームアップ後のスイングを比較しました。

その結果、

・重いバット後はバット速度が最も低下した
・重いバット後はスイングパターンが変化した
・リード側の肘と手首のラグが減少した
・キネティックチェーンが崩れた
・後ろ腕で押し込むようなスイングになった
・軽く感じる感覚は、実際の速度向上とは一致しなかった

ことが分かりました。

つまり、

打席前に重いバットを振ることは、

スイングを速くするどころか、

本来のスイングパターンを崩し、

バットスピードを下げる可能性があります。

試合直前に必要なのは、

筋力刺激ではありません。

必要なのは、

試合で使うスイングを、試合で使うバットで再現すること

です。

現場で使える一文


重いバットを振ると、速く振れている気がする。
しかし実際には、ラグが消え、押し込むスイングになり、バットスピードは落ちる。



参考論文

Southard D, Groomer L.

Warm-up With Baseball Bats of Varying Moments of Inertia: Effect on Bat Velocity and Swing Pattern.

Research Quarterly for Exercise and Sport. 2003.

DeRenne C, Ho K, Hetzler R, Chai D.

Effects of Warm up With Various Weighted Implements on Baseball Bat Swing Velocity.

Journal of Applied Sport Science Research. 1992.

Welch CM, Banks SA, Cook FF, Draovitch P.

Hitting a Baseball: A Biomechanical Description.

Journal of Orthopaedic and Sports Physical Therapy. 1995.

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