【球数制限だけで投手は守れるのか?】本当に管理すべきは「球数」ではなく「総負荷」である

はじめに
投手の障害予防で、最もよく使われる言葉があります。
球数制限。
少年野球でも、高校野球でも、近年は投球数の管理が重要視されるようになりました。
もちろん、これは非常に大切です。
特に育成年代では、投げすぎによって肩や肘の障害リスクが高まることが多くの研究で示されています。
しかし、今回紹介するシステマティックレビューが示した重要なポイントは、
球数だけでは投手の障害は説明できない
ということです。
投手を本当に守るために必要なのは、単なる試合の球数ではありません。
必要なのは、
Workload=投球に関わる総負荷
を管理することです。
この研究は何を調べたのか
この研究は、野球投手の投球量と、肩・肘の痛み、障害、疲労、パフォーマンス変化との関係を調べたシステマティックレビューです。
対象になったのは、全部で28本の研究。
その内訳は、
・リトルリーグ/高校生投手に関する研究:16本
・大学/プロ投手に関する研究:12本
です。
つまり、育成年代からプロレベルまで、投球負荷が身体にどのような影響を与えるのかを整理した論文です。
結論
このレビューの結論は大きく2つです。
まず、育成年代では、
投球量の増加は肩・肘の痛み、疲労、障害リスクと関連する可能性が高い
とされています。
一方で、大学・プロレベルでは、
球数と障害・パフォーマンスの関係は一貫していない
とされています。
つまり、
小中高生では球数管理がかなり重要。
しかし、大学・プロでは球数だけでリスクを判断するのは難しい。
これが今回のレビューの大枠です。
なぜ育成年代では球数制限が重要なのか
育成年代の投手は、まだ身体が完成していません。
骨端線。
靭帯。
腱。
筋肉。
神経系。
これらが発達途中です。
その状態で高い投球量を繰り返すと、肩や肘に微細なストレスが蓄積します。
投球は1球ごとに肩と肘へ大きな負荷をかけます。
たった1球で壊れるというより、
回復しきれない負荷が積み重なって障害につながる
と考えるべきです。
50球でも身体には変化が起こる
このレビューでは、9〜14歳の投手が50球を投げた後に、上腕二頭筋長頭腱と棘下筋腱の厚みが増加した研究が紹介されています。
一方、25球では同じ変化は見られませんでした。
これは非常に重要です。
なぜなら、身体の組織は球数に応じて反応しているからです。
「痛くないから大丈夫」
ではありません。
痛みが出る前から、腱や筋肉には変化が起きている可能性があります。
75〜90球で肩の機能は落ちる
高校生投手では、75〜90球の模擬試合後に、
・棘下筋の随意的活動低下
・肩外旋トルク低下
・球速低下
・主観的疲労増加
が確認されています。
つまり、投球数が増えると、肩を安定させる筋肉の働きが落ちます。
これは非常に危険です。
なぜなら、肩や肘の安定性は筋肉にも依存しているからです。
筋肉が疲れる。
肩の安定性が落ちる。
肘を守る前腕筋群も働きにくくなる。
その状態で投げ続けると、靭帯や関節に負担が集中します。
100球投げると筋力も落ちる
16〜18歳の高校生投手では、100球のブルペン投球後に、
肩の屈曲、伸展、外転、内転、内旋、外旋など、多くの筋力低下が見られました。
つまり、100球というのは単なる数字ではありません。
肩周囲の筋機能が明らかに落ちる負荷です。
この状態でさらに投げ続ければ、フォームも崩れやすくなります。
球速も落ちやすくなります。
肩肘への負担も増えやすくなります。
下半身のメカニクスも崩れる
投球数が増えると、腕だけでなく下半身の動きも変化します。
12〜16歳の投手では、約90球の投球後に、
・軸足側股関節伸展の低下
・足関節底屈の低下
・踏み込み足接地時の股関節角度変化
・球速低下
が確認されています。
これは重要です。
疲労すると、肩や肘だけが疲れるわけではありません。
下半身も動かなくなります。
下半身が使えなくなると、足りない力を肩や肘が補います。
つまり、疲労による下半身メカニクスの低下も、肩肘障害につながる可能性があります。
投球量が多い選手ほど障害リスクが高い
育成年代の研究では、投球量が多い選手ほど、肩や肘の痛み・障害リスクが高い傾向が示されています。
例えば、
・1試合100球以上
・シーズン800球以上
・年間100イニング以上
・年間8か月以上投げる
・1登板80球以上
・複数チームで投げる
・年間投球数が多い
こうした要素が、肩肘の痛みや障害と関連していました。
つまり、育成年代では球数管理に大きな意味があります。
ただし球数だけでは不十分
ここが最も大切です。
球数制限は重要です。
しかし、
球数だけ守れば安全
ではありません。
なぜなら、試合でカウントされる球数以外にも、投手はたくさん投げているからです。
例えば、
・試合前のブルペン
・イニング間の投球
・キャッチボール
・遠投
・練習中の投球
・試合後の追加投球
・別チームでの登板
これらも全て肩肘への負荷です。
Pitch CountではなくThrow Count
この論文では、試合中の球数だけでなく、ウォームアップやブルペン、イニング間の投球も含めた総投球数を見る必要があると述べられています。
つまり、本当に見るべきなのは、
Pitch Count
ではなく、
Throw Count
です。
試合で80球。
ブルペンで35球。
イニング間で30球。
キャッチボールで50球。
これなら実際の総投球数は195球です。
試合のスコアブック上は80球でも、身体にかかった負荷は80球ではありません。
疲労は最重要サイン
このレビューで非常に重要なのが、
腕の疲労感
です。
研究では、球数に関係なく、腕の疲労が肩肘の痛みや障害と関連することが示されています。
つまり、球数が制限内でも、
「腕が重い」
「いつもより張る」
「力が入らない」
「球速が落ちている」
「コントロールが乱れる」
こうした状態なら、投げ続けるべきではありません。
球数よりも、身体のサインを優先すべき場面があります。
疲労すると何が起こるのか
疲労すると、投手には次のような変化が起こります。
・肩外旋筋力が落ちる
・棘下筋の働きが落ちる
・球速が低下する
・下半身の動きが小さくなる
・ストライドが変わる
・最大外旋が低下する
・体幹が起きる
・グラブ側の使い方が変わる
これらは、投球フォームの崩れにつながります。
フォームが崩れた状態で投げ続けると、肩や肘への局所的な負担が増えます。
なぜプロでは結果が一貫しないのか
大学・プロレベルでは、球数と障害リスクの関係は一貫していません。
ある研究では、平均球数や休養日数がUCL損傷と関連していました。
一方で、年間投球数やイニング数が将来の障害を予測しないという研究もあります。
これはなぜでしょうか。
理由はいくつか考えられます。
まず、プロ投手は身体が完成しています。
筋力、組織の耐性、フォーム、回復能力、自己管理能力が高い。
さらに、プロに到達している時点で、過去の投球負荷に耐えられた選手だけが残っている可能性もあります。
いわゆる、生存者バイアスです。
つまり、プロ投手は単純に「球数が少ないから壊れない」のではなく、
高い負荷に耐えられる身体と管理能力を持っている選手が残っている
可能性があります。
同じ100球でも負荷は違う
同じ100球でも、投手によって負荷は違います。
例えば、
・球速
・変化球割合
・フォーム
・疲労状態
・登板間隔
・気温
・睡眠
・栄養
・過去の怪我
・筋力
・可動域
・年齢
・成長段階
これらによって、身体への負担は変わります。
つまり、球数は重要ですが、個別性を無視してはいけません。
Workloadとは何か
Workloadとは、投手にかかる総負荷です。
単なる球数ではありません。
投手のWorkloadには、
・試合球数
・ブルペン球数
・キャッチボール量
・遠投量
・登板間隔
・連投
・年間投球量
・投球強度
・球速
・疲労
・回復状態
が含まれます。
本当に管理すべきなのは、この総負荷です。
急激な負荷増加が危険
投手管理で重要なのは、総量だけではありません。
急激な増加
も危険です。
例えば、普段30球しか投げていない投手が、急に90球投げる。
オフ明けにいきなりブルペンで全力投球する。
久しぶりの登板で長いイニングを投げる。
このような急激な負荷増加は、肩肘に大きなストレスを与えます。
身体は段階的な負荷には適応します。
しかし、急激な負荷には適応できません。
育成年代で管理すべき5つ
育成年代の投手では、最低限この5つを管理すべきです。
① 試合球数
公式な球数制限を守る。
ただし、それだけで安心しない。
② 総投球数
ブルペン、キャッチボール、イニング間投球も含める。
③ 登板間隔
十分な休養日を確保する。
連投を避ける。
④ 年間投球量
1年中投げ続けない。
オフ期間を作る。
⑤ 疲労サイン
球速低下、腕の重さ、コントロール低下、痛みを見逃さない。
指導者が見逃してはいけないサイン
投手が次のような状態になったら、球数に関係なく注意が必要です。
・球速が急に落ちた
・制球が乱れた
・腕が下がった
・肘が抜ける
・フォームが小さくなった
・下半身が使えていない
・顔に疲労が出ている
・肩や肘を気にしている
・本人が「重い」と言っている
この状態で投げ続けることが、最も危険です。
投球数制限の本当の役割
球数制限は、投手を守るための最低ラインです。
しかし、万能ではありません。
球数制限の役割は、
過剰な負荷を防ぐための目安
です。
それ以上でも以下でもありません。
球数以内なら絶対安全ではありません。
球数を超えたら必ず壊れるわけでもありません。
大切なのは、球数を基準にしながら、疲労やフォーム、回復状態も同時に見ることです。
肩肘を守るための実践ルール
① ブルペンも球数に入れる
試合球だけでなく、ウォームアップも記録する。
② 疲労したら即終了
球数が残っていても、疲労サインが出たらやめる。
③ 年間オフを作る
1年中投げ続けない。
肩肘にも休む期間が必要。
④ 複数チーム所属は注意
学校、クラブ、選抜で投げる選手は総投球量が増えやすい。
⑤ 投球強度も見る
軽いキャッチボールと全力投球は同じ1球ではない。
球数より大事な問い
投手を管理する時、本当に聞くべきなのは、
「今日は何球投げたか?」
だけではありません。
本当に必要なのは、
「今週どれくらい投げたか?」
「今月どれくらい投げたか?」
「今年どれくらい投げているか?」
「どれくらい休めているか?」
「疲労は残っていないか?」
「フォームは崩れていないか?」
です。
最終まとめ
このシステマティックレビューから分かることは明確です。
育成年代では、投球量の増加は肩肘の痛み、疲労、障害リスクと関連する可能性があります。
そのため、球数制限は非常に重要です。
しかし、球数だけでは投手は守れません。
試合球数だけでなく、ブルペン、ウォームアップ、イニング間投球、年間投球量、登板間隔、疲労まで含めて管理する必要があります。
大学・プロレベルでは、球数と障害の関係は一貫していません。
だからこそ、より個別化されたWorkload管理が必要です。
投手を守るために必要なのは、
球数を数えること
ではなく、
身体にかかる総負荷を管理すること
です。
現場で使える一文
球数だけでは投手は守れない。
本当に管理すべきなのは、試合・練習・疲労・回復を含めた総負荷である。
参考論文・引用論文
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Pitching Biomechanics as a Pitcher Approaches Muscular Fatigue During a Simulated Baseball Game.
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Whiteside D, Martini DN, Lepley AS, Zernicke RF, Goulet GC.
Predictors of Ulnar Collateral Ligament Reconstruction in Major League Baseball Pitchers.
American Journal of Sports Medicine. 2016.
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