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【肩の痛みは「肩だけ」が原因ではない】運動連鎖から考える、球速アップと肩・肘障害予防

はじめに


野球選手が肩を痛めた時、多くの人はまず肩を見ます。

肩のストレッチ。

肩のインナーマッスル。

肩甲骨トレーニング。

もちろん、これらは重要です。

しかし、肩を治しているのに痛みが戻る選手は少なくありません。

なぜでしょうか。

その理由の一つが、

肩は原因ではなく、結果として痛くなっていることが多い

からです。

今回紹介するLintnerらの論文は、投球・打撃・テニスなどのスポーツにおける肩障害を、運動連鎖という視点から整理したレビュー論文です。

この論文で特に重要なのは、

肩は単独で働く関節ではなく、下半身・体幹・肩甲骨から伝わってきた力を、腕や手へ受け渡す中継地点である

という考え方です。

つまり、肩の問題を本当に解決するには、肩だけを見ていては不十分です。

足、股関節、骨盤、体幹、肩甲骨まで含めて見なければ、本当の原因は分かりません。

運動連鎖とは何か


運動連鎖とは、身体の各部位が順番に働きながら、エネルギーを伝えていく仕組みです。

投球で言えば、

地面

足部

股関節

骨盤

体幹

肩甲骨







ボール

という流れです。

打撃で言えば、

地面

下半身

骨盤

体幹





バット

という流れになります。

この連鎖がスムーズであれば、肩や肘だけに頼らずに大きな力を生み出せます。

逆に、どこかで連鎖が途切れると、身体は不足した力を別の部位で補おうとします。

その代表が、肩と肘です。

肩は「被害者」である


この論文で非常に重要なのが、

Victim and Culprit

という考え方です。

痛みが出ている場所が“被害者”。

本当の原因が“加害者”。

肩が痛いからといって、肩だけが悪いとは限りません。

例えば、

股関節が硬い。

体幹が回らない。

前脚で止まれない。

肩甲骨が安定しない。

その結果、肩が過剰に働き、痛みが出る。

この場合、肩は被害者です。

本当の原因は、もっと下半身や体幹にある可能性があります。

Kinetic Chain Breakageとは


論文では、運動連鎖の破綻を

Kinetic Chain Breakage

と表現しています。

これは、身体のどこかの部位がうまく働かず、エネルギーの伝達が途切れる状態です。

原因としては、

・筋力不足
・柔軟性低下
・関節可動域制限
・筋バランス不良
・過去の怪我
・不完全なリハビリ
・フォーム不良

などが挙げられます。

運動連鎖が破綻すると、遠位部、つまり肩・肘・手に大きな負担がかかります。

これが障害の始まりです。

Catch-upとは何か


運動連鎖が壊れると、身体は不足したエネルギーを補おうとします。

これを論文では、

Catch-up

と表現しています。

例えば、下半身で十分な力を作れない投手がいたとします。

それでも球速を出そうとすると、肩や肘が余計に頑張ります。

つまり、肩や肘が下半身の不足分を帳尻合わせしている状態です。

これが続くと、肩・肘への負荷は増えます。

そして、やがて痛みや障害につながります。

投球動作はムチである


投球動作はよく「ムチ」に例えられます。

ムチは、持ち手から先端へ順番に力が伝わります。

持ち手が動き、その力が先端へ伝わることで、先端は非常に速く動きます。

投球も同じです。

下半身から始まった力が、

骨盤

体幹







へと伝わり、最終的にボールへ到達します。

この順番が崩れると、ムチのような加速は生まれません。

投球の6フェーズ


論文では、投球を6つのフェーズに分けています。

1. Wind-up
2. Stride
3. Cocking
4. Acceleration
5. Deceleration
6. Follow-through

この中で、肩や肘への負荷が最も大きいのは、

Late CockingからEarly Accelerationへ切り替わる瞬間

です。

つまり、肩が最大外旋した直後、内旋へ一気に切り替わる場面です。

ここが最も危険な局面です。

最大外旋が危険な理由


投球では、肩が大きく外旋します。

いわゆる最大外旋、MERです。

このポジションは球速を出すために重要です。

しかし同時に、肩前方や肘内側への負担も非常に大きくなります。

肩が外旋方向へ引き伸ばされている状態から、一気に内旋方向へ切り替わる。

この瞬間、肩と肘にはムチのような強烈なストレスがかかります。

つまり、MERは球速を生む局面であり、障害リスクが高まる局面でもあります。

肩内旋速度は人体最速レベル


投球中の肩内旋速度は、約7000°/秒にも達するとされています。

これは人体の中でも最も速い動きの一つです。

このような高速運動を、肩だけで制御することはできません。

だからこそ、下半身、体幹、肩甲骨のサポートが必要になります。

肩が単独でこの速度を生み出そうとすると、負荷は一気に高まります。

UCLにかかる負荷


投球では、肘内側にも大きな負荷がかかります。

特に内側側副靱帯、いわゆるUCLです。

論文では、投球中のUCLには非常に大きな外反ストレスがかかることが述べられています。

興味深いのは、UCLにかかる負荷が、靱帯の耐久性に近いレベルに達する可能性があるという点です。

つまり、UCLは毎球ギリギリの負荷に耐えているとも言えます。

それでも投げられるのは、前腕屈筋群や上腕二頭筋、上腕三頭筋などの動的安定性があるからです。

肩甲骨の役割


肩甲骨は、肩関節の土台です。

肩甲骨が安定しなければ、肩関節は正しく動けません。

投球では、肩甲骨が

・後傾
・上方回旋
・外旋
・内外転

を適切に行う必要があります。

肩甲骨の動きが悪いと、上腕骨頭が関節窩の中で安定しにくくなります。

その結果、腱板や関節唇に負担がかかります。

つまり、肩の痛みを見る時は、肩甲骨を必ず評価する必要があります。

減速局面も危険


投球で危険なのは加速局面だけではありません。

ボールを離した後の減速局面も非常に重要です。

リリース後、腕は高速で前方へ振り出されています。

その腕を止めるために、後方腱板や肩甲骨周囲筋が強い遠心性収縮を行います。

特に、

・棘下筋
・小円筋
・後部三角筋
・広背筋
・肩甲骨内転筋群

などが働きます。

この減速能力が不足すると、後方肩痛、腱板損傷、SLAP損傷などにつながる可能性があります。

フォロースルーは肩を守る


フォロースルーが短い投手は、腕を急激に止める必要があります。

すると、後方肩への負担が大きくなります。

逆に、しっかりフォロースルーできる投手は、腕を長い時間をかけて減速できます。

これは肩を守る上で非常に重要です。

つまり、フォロースルーは単なる見た目ではありません。

減速負荷を分散するための重要な局面です。

打撃における運動連鎖


この論文では、打撃についても解説されています。

打撃でも投球と同じように、下半身から上半身へエネルギーが伝わります。

股関節

骨盤

体幹





バット

という流れです。

打撃では、まず身体をコイルするように捻ります。

そこから骨盤が先に回り、肩が遅れて回り、最後に腕とバットが加速します。

これも典型的な運動連鎖です。

打撃では前脚ブレーキが重要


打撃では、前脚がブレーキの役割を果たします。

前脚が地面に接地し、身体の前方移動を止めることで、並進エネルギーが回転エネルギーに変換されます。

このブレーキが弱いと、身体が前に流れ、回転が弱くなります。

結果として、腕だけでバットを振ることになります。

これは打球速度低下だけでなく、腰や肩への負担増加にもつながります。

打撃の障害


打撃では、投球ほど肩・肘障害は多くありません。

しかし、体幹や腰には大きな負荷がかかります。

特に胸腰椎、腹斜筋、脊柱起立筋などは、強い回旋ストレスを受けます。

また、チェックスイングでは肩に大きな負荷がかかります。

バットを急激に止めるため、後方肩に強いストレスが加わるからです。

肩だけ鍛えても足りない理由


肩を守るには、肩の筋力だけでは不十分です。

なぜなら、肩にかかる負荷は全身の使い方によって決まるからです。

例えば、

・股関節が硬い
・体幹回旋が弱い
・前脚で止まれない
・肩甲骨が不安定
・胸郭が硬い

こうした問題があると、肩は代償します。

つまり、肩を強くしても、運動連鎖が崩れたままでは痛みは再発しやすいのです。

現場で見るべき評価ポイント


投手を見る時は、肩だけでなく以下を確認する必要があります。

① 股関節


軸足で地面を押せるか。

踏み込み脚で止まれるか。

股関節内旋・外旋可動域は十分か。

② 骨盤


骨盤が先行して動いているか。

早く開きすぎていないか。

回旋が止まっていないか。

③ 体幹


胸郭回旋が出ているか。

骨盤との分離があるか。

側屈や伸展で代償していないか。

④ 肩甲骨


上方回旋、後傾、外旋が出ているか。

翼状肩甲や過度な挙上がないか。

⑤ 肩


最大外旋が過剰すぎないか。

前方不安定性がないか。

後方タイトネスがないか。

⑥ 肘


肘が遅れすぎていないか。

外反ストレスが過剰になっていないか。

⑦ 減速


フォロースルーが短くないか。

後方肩で急激に止めていないか。

リハビリへの落とし込み


肩障害のリハビリでは、痛みのある肩だけを鍛えるのではなく、段階的に全身へ広げる必要があります。

① 痛みの管理


炎症や痛みを落ち着かせる。

可動域を確保する。

② 肩甲骨機能


前鋸筋、僧帽筋下部、菱形筋などを再教育する。

肩甲骨が安定した状態で肩を動かせるようにする。

③ 体幹機能


胸郭回旋、抗回旋、腹圧、骨盤制御を改善する。

④ 下半身機能


股関節可動域、片脚支持、前脚ブレーキ、軸足出力を改善する。

⑤ 投球動作への統合


ドリル、シャドー、軽投、キャッチボール、ブルペンへ段階的に戻す。

球速アップへの応用


球速を上げるには、肩を速く振るだけでは不十分です。

重要なのは、

下半身で作ったエネルギーを、ロスなくボールへ伝えること

です。

そのためには、

・軸足で地面を押す
・骨盤を先行させる
・胸郭を遅らせる
・前脚でブレーキをかける
・肩甲骨を安定させる
・肩肘で最後に加速する

という流れが必要です。

球速は腕で作るものではありません。

全身で作り、腕で完成させるものです。

最終まとめ


この論文が教えてくれることは明確です。

肩は単独で壊れるのではありません。

多くの場合、

下半身
骨盤
体幹
肩甲骨

といった近位部の問題が、

最終的に肩や肘へ負担として現れます。

投球では、Late CockingからEarly Accelerationへの切り替えが最も危険です。

打撃では、下半身から体幹、腕へつながる運動連鎖がバットスピードを生みます。

肩障害を防ぐには、肩だけを見るのではなく、全身を見る必要があります。

そして、球速アップと障害予防は対立しません。

むしろ、正しい運動連鎖を身につけることが、

球速アップと肩・肘障害予防の両方につながる

のです。

現場で使える一文


肩は原因ではなく、結果として痛くなることがある。
本当に見るべきは、肩に負担を集めている全身の運動連鎖である。


参考論文

Lintner D, Noonan TJ, Kibler WB.
Injury Patterns and Biomechanics of the Athlete’s Shoulder.
Clinics in Sports Medicine. 2008.

Fleisig GS, Andrews JR, Dillman CJ, Escamilla RF.
Kinetics of Baseball Pitching with Implications About Injury Mechanisms.
American Journal of Sports Medicine. 1995.

Welch CM, Banks SA, Cook FF, Draovitch P.
Hitting a Baseball: A Biomechanical Description.
Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy. 1995.

Shaffer B, Jobe FW, Pink M.
Baseball Batting: An Electromyographic Study.
Clinical Orthopaedics and Related Research. 1993.

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