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おもしれぇ女とは(哲学のボンタン飴)

おもしれぇ女とは、
たぶん派手に笑わせる人のことではない。
本人は真剣なのに、
話の芯だけが妙な方向へ曲がっている。
私の友人Tさんは、ボンタン飴に似た何かを
十数年、憎み続けている。


今日の弁当

- フィッシュ&チップス
- パプリカのマリネ
- ゆで卵の麹漬け
- パセリのバターライス

今日の弁当は、フィッシュ&チップス、
イギリス料理といえば最初に思いつく人も多いだろう。でも実際に行った人の記憶に残るのは、
名物や名所よりも、なぜか一口ぶんの違和感だったりする。


おもしれぇ女とは


「おもしれぇ女」という言葉がある。

少女漫画で、俺様な男が壁際あたりで言っていそうな、あれである。実際に誰がどの作品で言ったのかはよくわからない。

私は長いこと『花より男子』の道明寺が言ったのだと思っていたが、どうやら作中では言っていないらしい。誰も言っていないのに、全員が聞いたことのあるセリフである。

しかも、何が「おもしれぇ」のかもよくわからない。反抗的なのか。天然なのか。変なのか。M-1みたいに点数をつけようとすると、たぶん審査員席が燃える。

それでも、私の知り合いの中で「おもしれぇ女」
と聞いて真っ先に思い浮かぶ人がいる。

友人のTさんである。


Tさんの闇

Tさんとは、学生時代からの付き合いになる。
初めて会ったのは二十歳になってまもない頃、
新宿にあるアルプスという居酒屋だった。

学校の友人たちと忘年会をしていたら、
別のクラスの同級生が近くで合コンしていたので、
終わってからなぜか全員で合流した。
そのメンバーの一人がTさんだった。

初めて会ったTさんは、清楚で、物静かで、
かなりお嬢様な大学生という印象だった。
合コンメンバーに気に入られてダル絡みされても
ほとんど喋らずにただただ微笑んでいた。

漫画で見るお姉さんキャラの「あらあら、うふふ」を、私はその日、現実で初めて見た。
あれはセリフではない。たぶんオノマトペである。

後で男連中に聞くと、ほぼ全員がTさん狙いだったらしい。恋愛リアリティ番組の矢印で描いたら、Tさんの方向に集中砲火しすぎて、縦スクロールのシューティングゲームみたいになっていたはずだ。

ではなぜその後何もなかったのか? 問い詰めた所、

「確かにかわいいけど、迂闊に手を出したら身を滅ぼしそうな何かがある」
「あの子は、とてつもない闇を抱えている気がする」
「お前は近くの席で、何も感じなかったのか?」

なぜか私だけ、鈍感な主人公みたいな扱いを受けた。少し腹が立つ。

Tさんが意味深なことを言ったのかと聞くと、
そうではないらしい。ほとんど喋らず、
ただ微笑んでいただけである。

にもかかわらず、根拠もなく二十歳そこそこの女子大生が、壇蜜方面の魔性の女みたいなキャラ付けにされている。

そういうわけで、私にとって最初のTさんは、
とにかくミステリアスな人だった。

それから月日が経った。何度も会った。
何度も飲んだ。だが、Tさんの深い闇らしきものは、いまだに見えていない。

闇の代わりに、謎だけが増えた。


哲学のボンタン飴

Tさんは普段、あまり口数が多くない。
飲むときも、にこにこしながら聞き役に回っていることが多い。話し始めるときも、いつも少し申し訳なさそうに、「こんなこと話してもいいのかなあ」という感じで入る。

ただ、その話がいつも、ちょっとおかしい。

たとえば、Tさんの高校時代の修学旅行の話である。

Tさんが通っていた女子校は、都内でもかなりのお嬢様学校で、修学旅行は海外、それもイギリスだったらしい。字面だけなら、紅茶、石畳、制服、古い建物。麗しさが修学旅行のしおりから湯気を立てている。しかも初日の食事はコース料理だった。

料理が順番に運ばれ、最後にデザートが来た。
そのデザートが、とんでもなくまずかったらしい。

ここからTさんの声の温度が変わる。そのお菓子がどれだけまずかったかを、ものすごい熱量で語り始める。どこで息継ぎしているのかわからない。怒りが肺活量を肩代わりしている。そのお菓子への怒りだけが、十数年経っても賞味期限を迎えていない。

ただし、そのお菓子が何なのかはTさんも知らない。

Tさんいわく、
一番近いのは「ボンタン飴」なのだそうだ。

修学旅行はその後も続いたはずなのに、Tさんの記憶の中では、そのボンタン飴のような何かが強すぎて、他の料理の味はほとんど消えている。友人が日本から持ち込んだお菓子でも中和できなかったらしい。

お嬢様学校のイギリス修学旅行という、きらきらした話が、最終的には「正体不明のボンタン飴的な何かに対する被害報告」になっていた。

一体、何なんだこの話は。

女子高生の初海外の思い出を、
そこまで上書きする菓子がこの世にあるのか。
しかもTさんは、気づいていないかもしれないが、
私はこの話をすでに二回聞いている。

二回とも、まったく同じ熱量だった。
二回とも、肝心の正体は最後までわからなかった。
まずさのディテールはあんなに語られるのに、
話せば話すほど真理から遠ざかる。

哲学か。

イギリスのお菓子といえばスコーンか。
いや、食感が違いすぎる。トフィーか。
少し調べれば答えにたどり着けそうなのに、
Tさんは不思議と自分では調べない。
あれほど執着しているのに、解決には向かわない。

そもそも、ボンタン飴とは、そんなにトラウマになるほどまずいものだっただろうか?

私も子どもの頃、祖父にボンタン飴をキャラメルだと偽って餌付けされたことがある。
食べた瞬間、何かが違うとは思った。
でも、「まあ、これはこれでおいしいからいいか」と、あまり気にしなかった記憶がある。

もしかすると、Tさんはまだ本当のボンタン飴の味を知らないのかもしれない。

謎が解決されなさすぎて、美味しんぼみたいな結論に達してしまった。


おもしれぇの正体

Tさんからは、いつもこんな感じの話が出てくる。

ガチャガチャで欲しくないキャラが延々と出続けた話。近所のパン屋で、食パンのサイズがお値段据え置きのまま小さくなっていた話。

思い返してみれば、
Tさんの話の多くは被害報告である。
ただし、人には怒りを向けない。怒りの矛先は、
だいたい「もの」に向く習性がある。
菓子、ガチャ、食パン。世界の小さな仕様変更に、
Tさんだけが気づいている。

そこで、初めて会った合コンの謎が解けた気がした。

Tさんはいつも、少し深刻そうな表情と、控えめな語り口で話す。それに加えて、清楚な見た目、口数の少なさと何層ものオブラートに包み隠された結果、
初対面の人には「とてつもない闇を抱えた女性像
が勝手に立ち上がるのだ。

でも、みんな落ち着いて聞いてほしい。
話している内容は、ボンタン飴である。

私は実のところ、
Tさんのこの変な話を毎回楽しみにしている。

そして今年からnoteを始めて、いろいろな人の文章を読むようになって、ある事に気づいた。

Tさんには間違いなく、物書きの才能がある。
それも、エッセイストとしての才能である。

面白い文章に一番大事なものは何か。
特徴的な文体や、特別な体験をしている人が面白いのではなく、普通なら通り過ぎる場所で、変なところに足を取られる人が面白いのだと思う。

一生に一度の修学旅行。初めての海外。
普通なら、街並みや友人との思い出を語る。
私が同じ体験をしても、たぶん無難に「楽しかった」と言う。そこそこ整った話にして終わる。

ただ、それがエッセイになった時に、
どちらが人の心に残り面白い話かと言われたとき、
きっとTさんのボンタン飴になるはずだ。

そして恐ろしいのは、
Tさんはこれを別に何か面白い小話として話してる様子も無く、真剣に報告している。

Tさんは、まだこの才能に気がついていない、
自分が”おもしれぇ女”という自覚が全くないのだ。

なんてもったいないのだろう。
世の中には、才能に気づいたとしても、全く世の役に立たないものを授かる人間もいると言うのに。

でも、Tさんに正直に「あなたはエッセイを書いたほうがいい」と伝えても、たぶん「えー、そんなことないよー」と笑って終わるだけだろう。

そこで、Tさんが何かに納得いかない話をするたびに、私は実際に何度か、真面目に相談に乗るふりをして、こう言っている。

「その怒りを忘れないために、メモしておいたほうがいいんじゃないかな」
「転職で悩んでいるなら、自分が何をしたいのか書き出してみるのはどうかな」
「ジャーナリングって知ってる?」

書いてみると、気持ち悪さと犯罪臭がすごい。
きっとやっていることが、ほとんどカルト宗教かマルチ商法の手法に近いからである。

Tさんは、
ただ静かに納得していないだけなのだと思う。
けれど、その怒りの置き場所がいつも少し変だ。
人ではなく、菓子や食パンやガチャに向かう。
そのズレが、私はおもしれぇのだ。

いつかTさんの書くエッセイを読んでみたい。
早くしないと、私が先にこうやって書いてしまう。

あと、この話を3回目話すときには、
そろそろボンタン飴の正体を教えてください。




※弁当とエッセイをまとめた「弁当記録」というマガジンがあります。
今回の文章が気に入った方は、自己紹介と合わせてのぞいていただけたらうれしいです。

自己紹介エッセイ

マガジン|弁当記録

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