娘からのラブレター
わたしには5歳の娘がいる。
7歳の息子が夫側の血を色濃く受け継いでいるのに対し、娘は完全にわたし側である。わたしの子どもの頃そのもの。友人にも、娘ちゃんはまつむらにそっくりやな、と言われる。わたしのミニチュアのような娘である。
娘は、アメリカのキンダーガーテンに通っている。息子と同じ小学校で、1年生に上がる前の準備段階、0年生とでもいうべき学年である。年齢からいうと、日本の幼稚園年長にあたる。
学校では、がっちりとした時間割はなくて、読み書きと算数を中心に、自由度の高い授業が行われている。外遊びをする休憩時間とは別に、授業の合間に自由時間がちょこちょこあって、子どもたちは教室に置いてあるおもちゃや本で、めいめいに好きなように過ごす。
この時間に娘がよくやるのは、教室の中にある「ライティング・ステーション」で、わたしに手紙を書くことである。
ライティング・ステーションは、なんでも好きなものを使って、好きなことを好きなだけ書いていいよ!っていう場所。鉛筆、ペン、クレヨン、紙など、書くためのツールが揃っている。子どもの好きそうなハンコの類や、ハートや星形に穴が開けられるパンチなどのツールも置いてある。
わたしがこの教室に通っていたら、この一角は絶対にお気に入りの場所になっていたはず。書くためのものがそろっていて、わくわくしちゃう。
わたしの血を受け継いだ娘にも同じ感覚が宿っていることに、ふふふと静かな笑みがこぼれる。
昨年の8月に学校が始まって以来、娘が持ち帰ってきたわたし宛のラブレターは、数えきれないほどたくさんにのぼる。

「まま」をいつも平仮名で書くのは、そう書くとわたしが喜ぶと思っているのだと思う。実際、喜ぶんだけど。

ある日、娘がわたしの好きな色を訊いてきたので、「緑かなあ」と答えると、数日後に緑のドレスを着たわたしの絵を描いてきてくれた。肩のところがパフスリーブになっていて、靴も緑色。まつ毛はぱっちり上向きで、口紅も引いてくれた。

この世で一番キレイなものは虹だと信じていた時期があって(今もそうかもしれない)、来る日も来る日も虹ばかり描いていたときがあった。虹とハートは、娘にとって最強の組み合わせ。

図書館で、KAWAII(「かわいい」は英語に受容されつつある)キャラクターの描き方の本を借りてきて練習していた時期の手紙。かわいさが爆裂している。落ち込んだときに見返したら元気が出そうだ。

これは、わたしの誕生日に娘が描いてくれたバースデーカード。「Happy Birthday」ではなくて、「Be Happy」というメッセージが5歳とは思えないんだけど。

いまこうして並べてみると、条件も制限もつけない、娘からの溢れんばかりの愛に、思わず立ち尽くしてしまう。ほとんど毎日、「ママ大好き」と胸に思いながら、手紙を書いてくれるこの小さきもの。
ママは、君の愛に十分に応えられているかい?
なんのはなしですか。
母娘愛のはなしです。
「なんのはなしですか」第2弾を書いてみました。
読んでいただき、ありがとうございます。
《娘が初めて顔を水につけられるようになった日のこと》
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