集落の記憶|夏草やあってもなくても夢の跡
◇蝉時雨の温度
忘れ去られた集落の記憶を辿り、岐阜県八百津町の久田見山(砥山)へと登る。
蝉時雨の午後。頬をなでて通り過ぎる風が涼しい。最近は暑すぎて、蝉も鳴けないというから、気温が街中より心なしか低い気がする。
アスファルト舗装の道は、スギの落葉に半ば埋もれている。道幅は車が通れるほど広く、道脇には加工された花崗岩の石垣。それは、ここに人家や耕地があったことを物語る。
若い人工林と、それより背の高いアカマツの大木。それは、アカマツが更新できるほどの裸地環境がここにあり、その後にスギやヒノキが植えられた証でもある。
◇ちりんという鈴の音
鼎立する久田見山、東峰には風が吹き抜けるだけだが、西峰と中峰は巨大なアンテナに占領されている。故に、機器補修用のコンクリート舗装道が、廃墟集落を抜けて続いている。このアンテナ道で山頂直下まで車が入り、三角点のある中峰までは、わずかな行程である。
一足で山頂の一等三角点(点名:久田見山)に到着する。岐阜県に17箇所しかない貴重な一等三角点である。花崗岩、いや、御影石製の標柱は、ひときわ大きく端正であった。山頂周辺だけ地質が異なり、このあたりは砂岩とチャートの混在区。石柱を守るように、砂岩とチャートの脇侍が静かに仕えていた。
久田見山という名前は、この地の地籍名に由来するのだろう。「くた」は小湿地を示す古語で、隣接する御嵩町の大湫(おおくて)や細久手(ほそくて)と同義の「くて」の音韻変化ではないか。
けれど、村内の山にわざわざ村名を冠することはしないから、それほど古い名前ではなさそうだ。明治期に三角点を設置するとき、定めし陸地測量部が便宜的に置いたのだろう(※1)。
一方、砥山という名前は、花崗岩は砥石には使えないから、山頂付近の砂岩だけが適していたのかもしれない。あるいは、かつての食鳥文化に由来する、鳥屋山(とややま)からの転訛かもしれない。
砥石の露頭と、鳥屋の名残。地質と民俗が折り重なり、どちらが起源であったとしても、語り継ぐものを失った時、地名は本来の意味を失い、字面も変わっていく。
立派な石柱の傍らに立ち、風の音に耳をすます。
静寂。カナカナの伴奏にのせて、ソウシチョウがひときわ高らかなソロを響かせる。異国めいた声は、力強くもどこか悲しげに聞こえる。見知らぬ土地でかつてに居住者に変わって、「なんとかやっているよ」と言い聞かせるような、強がりが滲んでいるのかもしれない。
暗い林の中を、黒い蝶がひらひらと幻想的に舞っている。そろそろ盆の入りだ。「おかえり」と見えない誰かにそっと声をかけると、どこからか、ちりんという鈴の音が聞こえたような気がした。
花崗岩を加工した無銘の石碑には、新しいお花が供えられていた。それに静かに手を合わせる。

◇あってもなくても 夢の跡
舗装道まで戻ると、長者屋敷と呼ばれる集落、いや、集落跡が現れる。
山懐に抱かれ、山の恵みを享受しながら耕作を行い、長者とみなされる家もあったほど豊かな土地だったのだろう。
だが、それも今は夢の跡。
玄関や戸板がぴっちり閉められた平屋の建物。広い縁側。崩れかけの、あるいは崩れた瓦屋根。打ち捨てられた二層式の洗濯機や二段式の冷蔵庫。まるで、時間が止まったように、人気のない建物が取り残されている。そしてそれが、夏草に埋もれることなく、手入れされている。
廃墟というにはまだ新しく、それがかえって生々しく感じられる。縁の人の思いが、まだ残っているからだろう。
それもやがて、自然の力に飲み込まれていく。そう思ってしばらく感慨にふける。
夏草や あってもなくても 夢の跡 ──無茶(拝)
丸々太ったカモシカが、誰もいなくなった集落で、悠然と草を食んでいた。
(注釈)
無(0)茶は、一茶の一歩手前。芭蕉なのに。
(山行記録:2025年07月19日)
山名:久田見山(岐阜県八百津町)
形態:道脇駐車箇所を起点に周回、ソロ登山、約1時間半
天候:晴れ
水分:1.2L持参→0.6L消費
植生:スギ、ヒノキ植林
(初出2025年07月19日。改稿2026年7月18日)
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