照射|天の川|あわいの掌編集14|シロクマ《水たまり》×風まかせ《真夜中の扇風機》
水たまりと化したその川の残滓を、わたしはぼんやりと見やった。
かつては清冽だった流れはシアンの青に澱んでおり、いかにも怪しげな泡がぶくぶくと湧き上がっている。
鈍色の空が広がっている。泡以外の音はしない。臭いは知らない。壁の内側には腐敗の臭いすら届かない。
巨大な重機のタイヤ、橋の残骸、壊れた冷蔵庫、黒猫の薄汚れたぬいぐるみやらが浮かんでいる。繁栄と衰退を見つめてきた川。いや、流れていたものが、もう流れなくなっただけだ。
ため息を一つ置いた。
あの頃は、まだ良かった。
鵲の定期便で、年に一度だけど川向こうのあの人にあえた。
でも、カササギの数が減って交通インフラが崩壊し、その渡せる橋も廃止されてしまった。
世界の構造が変わった。
完全自動化により織子の解雇が進み、わたしは目下失業中。もはや織ることすらままならない。
あの人の牛飼いも、仕組みが大きく変わったらしい。
牛の給餌や運動から飼育室の空調、出産のタイミングまで、DXとAIが判断するという。彼ができることといえば、刻々と送られてくるデータを眺めるだけになった。
そのかわり、最近はあの人の眼鏡男子姿が板に付いてきた。眼鏡越しの眼光が、ただ尊い。
◇
なぜ、あちらの様子が分かるかって。
通信技術の革新により、VR空間の中では一緒にいるかのように生活ができるからである。
だから、データの上では、彼はいつもそばにいる。
──でも、それだけ。
彼が笑う。
でも、その声は、わたしの脳に直接触るだけで、鼓膜を震わせてはくれない。
彼が手を伸ばす。
でも、その手は、わたしの肩に触れた瞬間、光のように爆ぜ、わたしを温めない。
彼のそばにいるはずなのに、
あの春のような草の匂いは、わたしの肺には届かない。
だから、わたしたちの時間は、永久に重ならない。
あなたにあいたい。触れあいたい。重なりあいたい。
一緒にいる記憶は増えるのに、わたしたちの未来は青緑色に澱んでいる。
鵲が橋をかけなくなった世界で、光の橋はどこにも着地していない。
わたしは、笹舟に願いを込めた。
──あなたにあいたい
◇
今やこの星の外気はわたしたちの生を拒み、シェルターの外にすら出られない。
この空間だけは、真夜中も止まらない扇風機のように、大気維持ユニットの唸りだけが聞こえている。低い振動がひと時も止まることなく、大気を作る。それがないと、もはや人類は一瞬たりとも生きられない。
それどころか、今や別シェルターの大気組成すら、わたしたちの肺には棘になり、呼吸のたびに不可逆な傷痕をつける(らしい)。
データの水たまりで、一瞬だけ発光した祈りは、蒼白く揺らめきながらログの淀みに沈んでいった。
#On_Your_Mark #照射 #あわい #短編小説 #フィクション #創作大賞2026 #オールカテゴリ部門 #色彩 #シアン #七夕 #水たまり #真夜中の扇風機 #わたくさす節 #シロクマ文芸部 #風まかせ文芸部
(あとがき)
今回のお題には苦労した。悩み抜いて思いついたのが、「名前」と「金の斧」のふたつだった。そして、見事にネタ被りしていた。残念。
もう一度考えて、この季節の水たまりといえばピュア系だよね、という期待を裏切って、ダークファンタジーにしてみた。いや、あながちもうファンタジーでないのかも知れないよ。
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお付き合いいただきありがとうございました。皆様からのサポートは、登山の際の安全装備の調達に使わせていただきます。登山はわたしの創作の源──応援よろしくお願いいたします。