戦争の火種は私たち一人ひとりの心の中にある
今年は戦後80年。
終戦前の絶望的な状況の中で、当時の人々が何を考え、迫り来る死の恐怖といかに闘っていたのかを思うと、胸が苦しくなります。
そして今日、この瞬間にも、ウクライナやガザの人々が、同じように戦争の惨禍に苦しんでいることを思うと、どうしようもない絶望感に襲われます。
戦争の火種は、他者に対する不信感、猜疑心、恐怖、差別意識、優越感など、私たち一人ひとりの心の中にあります。
戦争はこうした負の感情が最大限に膨らみ、大多数の国民が熱狂の渦に飲み込まれた時に起こる悲劇です。
そこに登場する為政者たちは、国民の恐怖心を煽り、武力の必要性を訴え、国を守るために戦おうと、あらゆる手段で国民を鼓舞します。
為政者たちは他国の脅威に対抗するためと称して、地政学論や軍事バランス論や核抑止力論など、もっともらしい理論を持ち出しては、声高に危機感を煽ります。
その結果、自衛のための抑止力が正当化され、軍備拡張競争がエスカレートし、やがて核武装にいたるのです。
こうして、一度歩み始めた戦争への道は、容易に引き返すことができません。
私たちはまた、80年前と同じような道を歩いているのではないでしょうか。
先の大戦への深刻な反省から、戦争放棄と戦力不保持を高らかに宣言した平和憲法を持つはずの私たちは、いったいどこで道を間違えてしまったのでしょうか。
私たちには、ここで立ち止まって、進むべき道を冷静に問い直す勇気が、今こそ必要なのではないでしょうか。
こちらが軍備を拡張すれば、一時的な抑止力とはなり得ても、相手も警戒心を高め、さらなる軍備拡張を招くだけです。
私には、軍備拡張と核武装の行く着く先には、人類の滅亡が待っているとしか考えられません。
太古の昔から、人類は決して一人では生きられなかったように、グローバル化が進んだ現代世界では、どんな大国といえども、一国だけで存続することは不可能です。
この当たり前の事実を改めて認識し、どんなに困難であっても、互いに妥協点を探り、相互理解と共存共栄を追求する以外に、この先、人類が生き残る道はないと、私は思います。
心の中の火種を、私たちはこれ以上大きくしてはなりません。
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