シャーロック・ホームズの分類学
はじめに
少し毛色の変わった話をしてみよう。分類というものについてである。分類というのは科学研究、否思考行為、否否人間営為と同じぐらい古いだろう。人間は対象を区分けしなければ全く思考が出来ないはずである。しかしここにもパラドックスがあり、人間は何事か認識していなければ分類できない、…認識は対象が分類して区分けされていなければできない、つまり分類が先か認識が先かというパラドックスがある。いずれにせよ科学も分類の歴史です。本章では科学の基盤、分類を述べる。
だいたい分類するのは人間だけではなく、うちに住んでいた愛犬クリも夕食は鶏肉、おやつはチーズ、夜食はドックフード、朝は牛乳とちゃんと分類して食べていた。そうした人間(犬も?)が与えられた環境で分類し分類されつつ進歩していったと考えてみるだけで―それ以上の哲学的問題についてはとりあえず棚上げしておいて先へ進む。
科学において分類が問題になるのは生物学、植物学、鉱物学、地質学などにおいてである。それについてはおいおい説明するが、われわれはまずホームズの事件、関係人物、事項など対象を区分けする方法について調べてみる。すぐに思い浮かぶのは、聖典だってワトスンの分類によってできあがったものだというである。語られた事件と語られざる事件の区分け自体ワトスンの分類である。ではワトスンはいったいどういう基準で語る事件と語らざる事件を分けていたのだろうか?
いずれにせよどの事件を発表するかということはワトスンの分類にかかっているということだし、それはワトスンの特権そのものである。まず、聖典はワトスンの分類にもとづくということ、これについてはあらためて最後の方でふれる。
つぎに分類の定義について哲学の用語ですがふれておく。
10・1 分類とはなにか
分類[英 classification]多くの事実や存在、すなわち類を、共通な性質の有無あるいは単位分けすることにより個の集まりによる種類別にまとめ、体系的に配列つまり組織的に整理すること。整理体系としての分類体系を作ること。分類は本質的属性にもとづかなければならない。一種類に属するものの間には類似点が多く、他の種類のものの間には類似点は少ない(1)。区分原理としては選択すべき対象の属性はそれに連関して他の多くの属性が伴うようなものでなければならない、例えば動物の脊髄などはその性質がある。
このような対象の本質的な性質にそくして区分原理を選ぶ分類、例えば生物を分類する場合などを自然分類(natural classification)という。自然的分類に対して、名簿を作る場合のように、任意に選ばれた外的徴表を区分原理とするもの、つまり便宜上で非本質的な性質によって事物を分類することは人為分類(artificial classification)という。(2)
分類についての論争として唯名論と実在論、また固有名と一般名、固有名について記述説と因果説を述べる。
10・2 分類学
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