Diageology 元ディアジオ ジャパン株式会社社員の回顧録㉓

回顧録㉓
 
皆様こんにちは、元ディアジオ・ジャパン社社員による回顧録の第23回目です。
 ディアジオ社としての業績を振り返る9回目になります。インターネットやパソコン・携帯電話がビジネスだけでなく家庭にも普及し、グローバル化が爆発的に進展する頃合いです。しかし2008年にはアメリカでリーマン・ショックが発生し、世界的な不況の時期が訪れます。日本経済の低迷も続いていたとはいえ、そんなにウイスキーが売れなかったかな、と思い返しています。キリン・ディアジオ社になる前のディアジオ・ジャパン社は、スミノフアイスやギネスビール以外にシングルトン・オブ・グレンオード12年やロイヤルロッホナガー12年のシングルモルト、ブレット・バーボン、シロック・ウォッカ、ドン・フリオ・テキーラ、ピムスやピコン、ピア・ドール・ムスーを拡売し、キリン・ディアジオ社へと進む時期でした。また引き出しを隅々まで探ってみたいと思います。何卒宜しくお願い申し上げます。

ディアジオ社としての出発⑪
43、キリン・ディアジオ株式会社が設立
 ディアジオplc(本社:英国ロンドン、CEO:ポール・ウォルシュ)とキリンビール株式会社(本社:東京都中央区、社長:松沢幸一(本社も社長も当時))は、日本におけるギネスビールなどディアジオ社所有ブランドのマーケティングなどを行う合弁会社の設立に合意し、2009年6月から業務を開始しました。新会社名はキリン・ディアジオ株式会社(英文名:Diageo Kirin Company,Limited)で、出資比率はディアジオ社が51%、キリンビール社が49%でした。
 新たな合弁会社は、ブランド・マーケティングと首都圏、近畿圏、名古屋の洋風飲食店業態(モダン・オン・トレード(MOT)と呼ばれているらしいのですが、私は最初から何のことだかわかりませんでした、申し訳ありません社長!)への販売促進に特化した活動を展開し、キリンビール社は、合弁会社がカバーする飲食店以外のすべての市場で販売促進活動を行います。とりあえずギネスビール、キルケニービール、スミノフアイスのサッポロビール社が販売していた商品の移管、ギルビージン、ウォッカ、マイヤーズ・ラム、キャプテン・モルガン・ラム、ゴディバ・チョコレート・リキュール、クラウン・ローヤルとシーグラムVOのカナディアンウイスキー、シーグラム・セブン・クラウン・アメリカンウイスキーのディアジオ社が所有でキリンビール社販売のアイテムを担うこととなりました。
 また「ディアジオ・ワールドクラス(Diageo Worldclass)」というカクテル・コンペティション(バーテンダーの技術と感性を磨き上げる、オリジナル・カクテルをテーマとしたコンテスト。世界で一番難しく最大級の参加人数のある大会)世界大会における日本大会の運営も行いました。ですが早速7月か8月頃、日本大会のファイナルが行われたのですが、キリン・ディアジオ社、キリンビール社で取り扱いのアイテムは何もコンペティションの商材として使われませんでしたので、特にキリンビール社から出向の方々は結構ピンと来ない大会だったかもしれません。
 キリンビール社に移管したアイテムの中で大きな変更点として、これまでサッポロビール社時代のギネスビール樽詰め20L(サッポロビール社使用の20Lアルミ樽を英国に輸送しギネスビールの樽詰めを行って再度輸入していました)をキリンビール社使用の15Lアルミ樽に変更したことです。これはこれで少々ギネスビールの販売に苦慮されていた飲食店様は容量が減り楽になったかとは思います。本当はそれではダメなんですが。ですが中には20Lが15Lの樽のサイズになり樽の太さが大きくなってしまって、今まで冷蔵庫にストックしていた時より入る本数が減る、と苦情を言い出す飲食店様もありました。私の担当していた横浜のアイリッシュ・パブ様だったのですが、酒販店様にサッポロビール社の20Lを移管するギリギリまで多めに在庫していただいてしばらくそちらを販売されていました。ですから2か月くらいはキリンビール社の樽の実績が出ませんでした。30Lは変わらずそのままでした。
 我々ディアジオ・ジャパン社社員は引っ越しの準備をし終わり、6月1日から、六本木1丁目のファースト・ビルから茅場町駅日本橋蛎殻町にあるキリンビール社屋5階に通うことになりました。私の所属は営業第3課といった感じのセクションで、東京城南エリアから神奈川町田市担当で、上長1人部下3人という体制でした。しかしすぐにその上長が退職し、3人で何とかやっていくようになり、同僚1人は前にも書きましたサード・パーティー担当も兼任するようになり(例えばメルシャン社で販売してましたピア・ドール・ワインの交渉役とか)、仕事も大変になり、そのせいかどうかは分かりませんが退職されてしまいました。その後新しいマネージャーが就任しメンバーも補充され形ができていったわけです。
 そのうち10月よりモエヘネシー・ディアジオ社が輸入販売してきましたジョニーウォーカー・ブラックラベル12年、同レッドラベル、ホワイトホース、同12年、J&B、I.W.ハーパー・ゴールドメダル、同12年、スミノフ・ウォッカ40°、同50°、同ブラック、ゴードン・ジン40°、同47.3°、タンカレー・ジン、同No.TEN、ベイリーズ・アイリッシュ・クリーム・リキュールが、日本酒類販売社が輸入販売してきましたシングルトン・オブ・グレンオード12年、同18年、ロイヤルロッホナガー12年、シロック・ウォッカ、ドン・フリオ・レポサド、同アネホ、同1942、同レアル、ピムスの洋酒ブランドがキリンビール社に移管するわけです。残念ながらブレット・バーボンはキリンビール社がフォア・ローゼズとヘンリー・マッケンナを所有していたため日本酒類販売社からモエヘネシー・ディアジオ社へ移管、ピコンはあまり売れていなかったためそのまま日本酒類販売社に残すこととなりました。
 で、キリンビール社はペルノリカール社と手を切って、これほどのアイテムを販売することになったわけですから、その発表を大々的に2009年7月にする段取りになっていました。しかしその当日週明けの月曜日会社につきましたら、なんとビール食品最大手のキリン・ホールディングス社と2位のサントリー・ホールディングス社が経営統合の交渉を進めていることが明らかになった、と報じられ、その話題で持ちきり状態になっているではありませんか。報道によりますと、なんでも昨年末にキリン社加藤社長とサントリー社佐治社長が水面下で統合交渉を進め、7月上旬までに交渉する運びとなったことを両社長から関係役員にも伝えたそうで、統合により国内市場の収益基盤を強化し、成長が見込まれる海外市場を共同開拓し、世界的な勝ち残りを目指すということです。2008年12月期の連結売上高の合計は約3兆8,000億円で、統合が実現すればビールと清涼飲料で国内首位に浮上し、世界でも最大級の酒類・飲料メーカーとなるはずだったそうです。
 結局翌年2月にこの話は破談になるわけですが、ちょっと待ってくださいよ、我々の商品移管のニュースはどうなったのですか?どうにもこうにもニュースをもみ消された感じになってしまいましたので、一人で酒販店様やバーを訪問し、言いふらして回りましたよ。ですが、あまりにもタイミングが良すぎませんか?どこかの社の陰謀だったりして、皆様分かりますか?銀座のクラブなんかで大声で社内情報などしゃべっていますと、聞いている他社の人もいるのですよ。私もバーの中や電車内でよく聞き耳を立てていました、じっとおとなしくして、他社がどんなプロモーションや条件を持ってきたかと。社員でないと分からない情報が結構落ちてくるものですよ。
 それにしてもキリンビール社とディアジオ社が合弁し事業提携をしたわけですが、キリンビール社の子会社となっていたメルシャン社はかなり割を食ったのではないでしょうか。ディアジオ社と組むということはその昔から組んでいたペルノリカール社と手を切るということでして、キリンビール社は同年、キリンビール社の100%子会社である Kirin Holdings Netherlands B.V.が保有するペルノリカール社の全株式8,227,544株をペルノリカール社の子会社に売却までしました。当然キリンビール社としましても、今まで販売してました主力のシーバス・リーガルやロイヤル・サルート、パスポート、100パイパーズ、シーグラム・ジン、同ウォッカ、オルメカ・テキーラ等が同じ年にペルノリカール社に移管、マーテル・コニャックも2014年に移管してしまいました。
 メルシャン社が子会社になる前は当然キリンビール社も自社のワインや輸入ワインを扱っておりまして、前にも書きましたBGやモントレー、スターリング、カフェ・ド・パリ、シャンパンですとGHマムを取り扱っていたかと思います。そしてメルシャン社が子会社となり、ワイン・ブランドやその他の取り扱いを整理していくわけですね。メルシャン社ではポメリーというシャンパンを扱っていましたので、マムは外され、その他の地域のスティルワインも整理し、ワイン販売はメルシャン社に統合するわけです。逆にメルシャン社が扱っていたオールド・クロウ・バーボンや軽井沢ウイスキー、軽井沢の蒸留所は整理の対象となりました。しかし大きく売れていたカフェ・ド・パリはペルノリカール社の商材だったため、キリンビール社とディアジオ社の事業提携の際にシーバスと一緒に出ていってしまいました。メルシャン社もその後似たような商材のチャオ・イタリアーノというイタリア産スパークリング・ワインを出すのですがあまり売れず、終売となってしまいました。その後もポメリーは出ていくは、コドーニュも出ていくは、ついてないですね。
 以前藤沢の酒販卸の頃から担当していた、接客系に強かった酒販店様のオーナーと話をしたのですが、この手の安いフレーバー付きのスパークリングはフランス産というアピールがよく、その他の国やただの白やロゼのスパークリング、度数の高いスパークリングは売れない、ということをおっしゃってました。いただき酒として乾杯で一緒に飲むとき、アルコール度数が高いと、何杯も飲むためボディブローが効きすぎてしまうからです。だから第1期ディアジオ・ジャパン社末期に取り扱ったピア・ドール・ムスーもあまり売れなかったのですね。接客系にも提案して回りましたが、確かに引きはなかったです。酒販店様の年末特売のリストにも入れてもらえませんでした。お酒のせいにしてはいけませんね、営業としてまだまだだったのでしょう。その時のディアジオ・ジャパン社の社長はかなりいける、みたいなことをおっしゃってましたが、酒類販売経験のない方でした。でもこういうアイテムでも売ることができるようにならないと、いっちょ前の営業といえないですね。

44、ICB社のVodkatブランドをめぐる法廷闘争に勝利
 2010年2月、インターコンチネンタル・ブランド社(InterContinental Brands)は、先月、アルコール度数22%のこの飲料のブランド名が消費者にウォッカだと誤解させる恐れがあるとの高等裁判所の判決を受けて、Vodkatの微調整計画の概要を発表しました。これはディアジオ社が起こしたVodkatのブランド名が消費者にウォッカだと誤解させる恐れがあると提訴した裁判の高等裁判所の判決により、スーパーマーケットではVodkatを他のウォッカの横に並べることが許可されなくなりました。翌年ICB社がVodkatの新名称V-Kat・シュナップスを発表し、再発売しました。懲りませんね。

45、バドワイザーを醸造および販売の再契約
 2010年9月、アンハイザーブッシュ・インベブ社(AB InBev)とディアジオ・アイルランド社は契約を更新し、ライセンスに基づいてバドワイザー(Budweiser)・ビールの醸造および販売を継続することになりました。閉鎖が発表された、バドワイザーが醸造されているキルケニーの醸造所労働者にとって安心材料となります。ディアジオ・アイルランド社は1986年にこのブランドを導入し、アイルランド・ダービーのスポンサーを務めるなどアイルランドのプレミア・ラガーとなりましたが、新しいビールが大量に登場したことで、その地位はやや低下していました。しかしディアジオ・アイルランド社によると、このブランドは復活し、過去12か月間でシェアを20%に増やしました。これは主にドラフトのバド・アイス・コールド(Bud Ice Cold on draught)の成長によるものです。
 しかしディアジオ社との契約終了に伴い、C&C社(1968年、アライド・ブリュワリーズ社(Allied Breweries)とギネス社がアイルランドにおけるソフトドリンクとサイダー事業、およびその他の事業を統合し、設立した会社がC&Cグループ社。マグナーズ・アイリシュ・サイダーやブルマーズ・アイリシュ・サイダーを所有。サイダーとはリンゴを原料とした醸造酒で、日本では炭酸飲料水の商品との混同を避けるため仏語読みのシードルと呼んでいる会社もあります)がアイルランドでバドワイザーを販売し、C&C社は、2020年11月からアイルランドでバドワイザーとバドライトの独占販売代理店になりました。
 確かにアイルランドのパブに行きますと大体の店がカウンターのビアタワーにギネス、スミティックス、ハープ・ラガー、バドワイザー、カルスバーグのタップとエンブレムが並んでまして、たまにあったとしてクアーズ、キルケニー位だったでしょうか。大きいTの字のタワー両サイドに同間隔でブランド・エンブレムが並びます。バックバーにはウイスキーやスピリッツ類リキュール類が並び壮観です。確かカルスバーグもツボルグもギネス社がライセンス生産してたんじゃなかったでしょうか。

46、北アイルランドとマレーシアで、新しいギネス・ブラック・ラガーの試験販売を開始
 2010年3月、ギネス社は北アイルランドとマレーシアで、新しいアイテムであるギネス・ブラック・ラガー(Guinness Black Lager)の試験販売を開始しました。しかし2010 年 9 月にはすでにギネス・ブラック・ラガーはマレーシアでは入手できなくなっているとのことで、売れなくて終売にしたのでしょうね。ちなみにこの当時はイギリスがアイルランドよりも多くのギネスビールを消費する唯一の主権国家でした。ギネスビールの消費量が3番目に多い国がナイジェリアで、次いでアメリカでした。アメリカは2010年に9億5,000万ヘクトリットル(2.1×1,010インペリアルガロン、2.5×1,010米ガロン)以上のギネスビールを消費しました。

47、ディアジオ・アイルランド社のワイン部門のギルビーズ社を売却
 2010年9月、ディアジオ・アイルランド社(Diageo Ireland)はワイン部門であるギルビーズ社(Gilbeys)をクーニー家(Cooney family)所有のグリーソン・グループ社(Gleeson Group)に600万ユーロで売却しました。会社はギルビーズの名前を引き続き使用し、現在ワイン会社で働いている約30 人のスタッフを雇用し続けます。ディアジオ社は過去数年にわたりフィンチズ社(Finches)とユナイテッド・ビバレッジ社(United Beverages)の事業をグリーソン・グループ社に売却しており、グリーソン・グループ社は現在、エドワード・ディロン&カンパニー社(Edward Dillon & Company)とペルノリカール社所有のアイリッシュ・ディスティラーズ社(Irish Distillers)を上回り、アイルランド最大のワイン販売業者となっています。この売却により、サンタ・リタ(Santa Rita)、ファウスティーノ(Faustino)、B&Gなどの有名なワイン・ラベルがグリーソン・グループ社のポートフォリオに加わることになります。グリーソン・グループ社は、この買収以前にワイン流通市場の約2%を占めていたとみられており、ギルビーズ社は約13%を占めていました。

48、ローズアイル蒸留所を2010年にオープン
 2010年9月、ディアジオ社は、スコットランドのスペイサイドに4,000万ポンドの新蒸留所をオープンしました。スコッチウイスキーの売上が好調だった時期に、4,000万ポンドを投じてエルギン近郊に広大なローズアイル蒸留所(Roseisle distillery)を建設し、2010年にオープンしました。2年後、同社は今後5年間でスコッチウイスキーの生産に10億ポンドを投資し、生産能力を少なくとも30%増強すると発表しました。ローズアイル蒸留所は、スコットランドで30年以上ぶりにオープンした(この時点ではスコットランドで最大の)大規模なモルト蒸留所であり、年間生産量が1,250万リットルとなる、バイオ・プラントのようなスケールの大きさを感じさせるたたずまいです。生産工程におけるエネルギー効率も重視しており、必要エネルギーの85%が再生可能エネルギーとなっています。またステンレス・ポットを使った蒸留器など、実験的な設備も採択されているとのことです。ディアジオ社によりますと、ジョニーウォーカーやブキャナンズなどのスコッチウイスキー・ブランドに対する世界的な需要の高まりに応えて建設されたとのことです。
 敷地内では、同じくディアジオ社が所有するローズアイル製麦所が1979年から稼働しており、2009年にウイスキーの生産設備を併設する形でローズアイル蒸留所を設立しました。また蒸留所の近くにあるバーグヘッド製麦所もディアジオ社の所有であり、パイプを通して熱エネルギーがシェアされています。
 2010年だったか2011年だったかキリン・ディアジオ社の時に蒸留所見学研修でこのローズアイル蒸留所の近くを通りましたので、アテンドしていただいてたイアンさんの計らいで見に行ったのですが、当然予約もしておらずビジター・センターもなく中にも入れず、ただ漠然とゲートと金網で囲われている、巨大な建物を皆で見上げていた、というのが正直なところでしょうか。ですから見学に行ったというよりも、新しい蒸留所をそばまで見に行ったという感じだったのですが、それでも新蒸留所ということでなぜか感激だったです。
 ちなみにスコットランド研修はアバディーンという都市からスタートしたのですが、トヨタ車のランドクルーザーを10倍に大きくしたような20人乗り位の車に乗りこみ、先にも書きましたイアンさんという元オーバン蒸留所の所長をされていた方がアテンドとしてボランティアで乗ってこられ、通訳の方も乗り込みスタートしたのですが、運転手の方の運転が荒く、次の町までの細い1本道を爆走して始まりました。どの町へ行くにも小1時間はかかるのですが、車窓の景色と言ったらほとんど放し飼いになっている羊(雨の中でも。ヒツジのショーン達みたいに夜になると宿舎に戻されるのでしょうか?)で、特に所有者のアピールか生まれ年の違いか、緑色やピンク色で背中を塗られた羊の群れがほとんどです。たまに長角牛や野ウサギ、雉の類がいるのですが、ほとんどが羊の群れ。小1時間ずっと羊の群れを見ているのです。山の岩肌の色、牧草の緑色、羊の白色や緑色やピンク色、時折川の色や使用されているのかわからない蒸留所の建物の色やケルンの色くらいしか見ませんでしょうか。道路わきにはトゲの生えているヒースという10㎝位の低木というか草木というかがずっと一面に生えており、自然の防護柵のようでした。話がそれました。
 ローズアイル蒸留所の原酒はほぼ全てがブレンデッド用となっていまして、これまではボトラーズのアイテムはおろか、一切シングルモルト・リリースがありませんでした。唯一2017年にリリースされた、ディアジオ社所有の蒸留所のモルトのみで構成されたブレンデッド・モルトのアイテムに使われたっきりでした。ですが、2023年と2024年のスペシャル・リリース・シリーズでついにシングルモルトが限定販売されました。2023年は、ラガヴーリン12年、クライヌリッシュ10年、シングルトン・オフ・グレンダラン14年、グレンキンチー27年、オーバン11年、モートラック・スペシャルと一緒にローズアイル12年が、2024年は、ラガヴーリン12年、シングルトン・オブ・グレンオード14年、オーバン10年、カリラ11年、ベンリネス21年と一緒にローズアイル12年が発売されました。

49、シングルモルト・ウイスキー・コレクションの第3弾である「マネージャーズ・チョイス」を発売
 2010年4月、ディアジオ社は、シングルモルト・ウイスキー・コレクションの第3弾である「マネージャーズ・チョイス(The Managers' Choice)」を発売しました。第1弾は前年9月に、第2弾は1月に発売されました。この3番目のリリースで取り上げられる7つのアイテムの中には、Caol Ila、Glenkinchie、Glen Ord、Royal Lochnagar、Dailuaine、Inchgower、Mannochmore があります。それぞれのウイスキーは1つの単一オーク樽から引き出され、自然なカスク・ストレングスで瓶詰めされます。このコレクションには、ディアジオ社のシングルモルト・スコッチウイスキーの27種類すべてが含まれており、ウイスキーの選択方法から「The Managers' Choice」というラベルが付けられています。

50、ボルドーワイン事業を売却
 2010年7月、ディアジオ・シャトー&エステート・ワインズ社は、以前に発表したワイン事業の見直しの一環として、バートン&ゲスティエ(Barton & Guestier:BG)・ボルドー事業を世界第3位の市場規模を誇るフランスのワイン会社カステル・フレール・SAS社(Castel Frères)に売却したと発表しました。この販売には、ブランド、在庫、シャトー・マニョール(Chateau Magnol)を含む土地が含まれます。取引条件は明らかにされていません。この動きはディアジオ社が米国でのボルドーワイン事業から事実上撤退することを意味します。米国以外の市場では、ディアジオ・ワインズ・ヨーロッパ社は、ヴィニョーブル・インテルナショナ・SA社(Vignobles Internationaux SA :VISA)とジャスティリーニ&ブルックス社(Justerini & Brooks Ltd.)という別々の事業を通じてボルドーワインへの関与を拡大し続けると発表。一応そう言っておきませんとね。ボルドーに拠点を置くVISA社は、ヨーロッパとアジアの商人と輸入業者を中心に、ボルドーワインの販売を続け、ロンドンを拠点とする会社のJusterini & Brooks社は、個人や高級ホテルやレストランとの高級ワイン・ポートフォリオ内でボルドーワインの販売を続けています。
 ディアジオ社は2010年6月、米国ノース・コ​​ーストのブドウ園と生産施設を2億6,000万ドルで売却し、リースバックしたばかりでした。(続く)


 さて第23回目の回想録でしたが、いかがでしたでしょうか。ディアジオ社としてスタートしての9回目でした。スコットランドのスペイサイド、ローズアイル蒸留所訪問や、アイルランドのダブリンでパブ巡りをした時の情景が書いていて思い出されました。ローズアイル蒸留所はこれからグレンオード蒸留所を訪問するという途中で寄ったように記憶してますが、そのせいだったか時間がおしてしまい、昼食をとる時間もないということで、どこかのスーパーマーケットに寄ってサンドウィッチか何かを大量に買って皆で分けて、車の中で食事をとりながら向かったと思います。グレンオードがまだまだ増産体制に入る前の時でした。それでも大きな通り沿いにあったスーパーマーケットに寄ったことから、久しぶりに都会の道を走ったという感じがしました。これからまだまだディアジオ社につきましての回顧録は続けていく所存でございますので、ご指摘等ございましたらどんどんお寄せいただきたいと思います。何卒今後とも宜しくお願い申し上げます。

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