Diageology 元ディアジオ・ジャパン株式会社社員の回顧録55

回顧録55
 
皆様こんにちは、元ディアジオ・ジャパン社社員による回顧録の第55回目です。
 ディアジオ社としての業績を振り返る41回目になります。最初の酒問屋時代に、藤沢さいか屋さんの子会社のサイカヤ・レストラン・システム社が運営する、さいか屋のビルの屋上にあるビア・ガーデンにも6月から9月まで納品をしておりました(茅ケ崎のイトーヨーカ堂の屋上のビア・ガーデンにも納品していましたね)。藤沢さいか屋さんの納品の場合ですが、一度にサッポロビール社の生樽20Lを20本、納品業者用のエレベーターを使って運ぶわけですが、最後の屋上に着いてからが大変でした。屋上のエレベーター・ホールに出ますと、そこと屋上の敷地の間に台車では越えられない高さの段があるのです。一度屋上側に生樽を降ろして台車を手運びで移して、また台車に生樽を積み直せばいいのですが、それでは生樽20本をいちいち全部積み替えなければいけません。また、20Lを20本もいっぺんに積む台車ですのでかなり大きくて重いのです。
 そこで私が運転手の先輩に教えていただいたやり方は、生樽仕切り用の木の板を余分に積んでいき、その越せない段のこっち側と向こう側にその木の板を山状に敷くのです。そして2人でおもいっきりこっち側から生樽を積んだままの台車を押して一気に向こう側へ押しやるのです。半分くらい生樽は落ちて相当の音が出ますが、全部移動させるよりかは軽く済みます。まあビア・ガーデンの営業が始まる前に配達しますので、大きな音が出ようが、生樽が転げまわろうが影響はありませんでした。その後に敷地のはずれにあるプレハブ作りの冷蔵庫に台車で運び、生樽を入れ替えて、空樽を引き上げるわけです。元々藤沢さいか屋さんでアルバイトをしていたためか、さいか屋さんの配達の時は私が一緒に同行することが多かったのです。そのためその他多くの運転手の方がいますので、その度、やり方を教えて、皆ができるように引き継いでいただきました。その何年か後、藤沢さいか屋さんのアルバイト当時の後輩が私の酒問屋に就職しましたので、その役も彼に回しました。では何卒今後とも宜しくお願い申し上げます。

ディアジオ社としての出発㊸
345、RTDラインナップを発売
 2023年10月、ディアジオ社はさまざまなプレミアム・レディ・トゥ・ドリンク(RTD:冷やしてそのまま飲めるカクテル。スミノフアイスが先駆者)カクテルを導入しました。カクテル・コレクションは、ケテル・ワン・ウォッカ・エスプレッソ・マティーニ、ケテル・ワン・ウォッカ・コスモポリタン、タンカレー・ジン・ネグローニなどのクラシックなカクテルをベースにしています。この新しいリリースは、昨年発売されましたブレット・バーボンのボトル入りカクテルのマンハッタンとオールド・ファッションドに加わります。
 このシリーズは米国全土で販売され、カクテルは350ml(US$13.99)と750ml(US$25.99)の2つのサイズがあり、それぞれ4人分と8人分の容量です。ケテル・ワン・ウォッカはエスプレッソ・マティーニ・マシンも開発し、全米のバーに導入されました。

346、タリスカー、氷で割った樽でウイスキーを熟成
 スカイ島に拠点を置くタリスカーは、これまでで最もワイルドなウイスキーとも言える45年熟成のシングルモルトを発売しました。タリスカー・グレイシャル・エッジ45年(Talisker Glacial Edge 45-Year-Old)は、「ワイルド」なウイスキー造りシリーズの最終弾です。
 このウイスキーは、氷で割ったオーク樽で熟成されました。これはウイスキー造りにおける新たな試みであり、ディアジオ社傘下のタリスカーにとって初の試みです。タリスカーは、12個の深く焦がしたアメリカンオーク樽をカナダの氷原に運び、専門の樽職人が樽の端を切り落としました。その後、樽は氷点下の気温と北極の風に96時間さらされ、樽に亀裂が生じました。この工程により樽の表面積が増加し、スコットランドでのフィニッシュ工程でウイスキーはこの樽と接触します。このウイスキーはタリスカー初の45年もののシングルモルト・スコッチでもあり、同ブランドは未開の豊かさ、複雑さ、そして独特の荒々しい風味とバーボン樽由来のよりスパイシーで甘い香りを特徴としています。このウイスキーのアルコール度数は49.8%で、希望小売価格は700mlボトル1本あたり4,500ポンド(5,500米ドル)です。
 氷原への旅は、環境団体「パーリー・フォー・ジ・オーシャンズ(Parley For the Oceans)」とのパートナーシップによるものです。氷河科学者のアリソン・クリスチエッロ博士(Dr Alison Criscitiello)も同行しました。タリスカーは3年間パーリーと協力し、海洋生態系の重要性への意識向上と、世界的な保全活動を支援してきました。
 山は気候パターンの調整に重要な役割を果たし、降雨パターンや気温の変化に影響を与え、それが海の健全性に直接影響を及ぼします。山と海の両方を保護し、保全することは、これらの生態系の繊細なバランスを維持し、生存、気候調節、レクリエーションのためにそれらに依存する人間を含む無数の種の幸福を確保するために不可欠です。先月、ディアジオ社はスコットランドにおける生物多様性の向上、水管理の改善、炭素削減、そして土壌の健全性管理の改善を目的とした再生型農業プログラムを発表しました。第一段階として、タリスカーの大麦と小麦の栽培地域に焦点を当てます。

347、スターワード社、ラガヴーリン樽でウイスキーを仕上げる
 2023年11月、オーストラリア産シングルモルトのウイスキーを作るために、スターワード社のニューメイク・スピリッツは赤ワイン樽で2年半熟成され、その後スコットランドのラガヴーリン蒸留所のピート・スコッチ樽に移されて18か月間熟成されました。そのノートは、ネクタリンとパイナップルの香りとヨードのヒントを特徴とし、口に含むとトロピカルな炭火焼きパイナップルと紅茶の香りがし、トロピカルフルーツとオークのタッチが続くフィニッシュを伴うと言われています。
 制作ディレクターのサム・スレイニーを含むスターワード社チームの一部のメンバーは、ラガヴーリン蒸留所を訪問する機会がありました。彼らのチームはアイラ島での経験から信じられないほどインスピレーションを受けたそうで、そこの風景と気候は、彼らがポート・メルボルン蒸留所で慣れ親しんでいるものとは文字通り隔世の感があったそうです。ここの独特なピート・ウイスキーの風味にどれほど影響を与えるのか、急速に変化する気候が熟成に与える影響と同様に、一定の温度変化により樽が収縮したり膨張したりするため、ウイスキーは木材からのおいしい風味をすべて吸収するのが分かったそうです。スターワード社は、世界トップ5のウイスキー・メーカーの1つになることを目指しており、今年初め、ワールド・ウイスキー・マスターズ2023ブラインド・テイスティング・コンテストで複数のマスターズ・メダルを獲得して認められました。
 Starward x Lagavulinの価格は120ユーロ(131米ドル)で、sales@saluddistribution.nlまでご連絡いただくことで予約注文が可能です。12月中旬からオランダ国内のウイスキー専門店で発売されるそうです。

348、国産ウイスキー100周年、業界に「クラフト」の波
 2023年11月、日本の代表的な独立系ウイスキー・メーカーの一つとして静岡蒸留所があります。ここでは世界中で急拡大する需要に応えようと、近隣の森から伐採したスギをまきに使った蒸留器でウイスキーが製造されています。日本のウイスキー生産は今年、100年の節目を迎えます。業界大手のサントリー社が1923年、京都府南西部の山崎に国内最初の蒸留所を開設しました。それから一世紀を経た現在、日本国内には100以上の蒸留所が存在します。過去10年間で2倍に増え、急速に拡大する市場の中で存在感を高めようと互いに競い合い、他との差別化を図っています。
 静岡蒸留所の特徴の一つは、スギのまきの直火で蒸留しているという点です。同蒸留所によれば、これは世界でもほかに例がないといいます。こうした「クラフト蒸留所」は、事業規模ではサントリー社などの大手には及ばないものの、その熱意は世界クラスです。
 日本産のシングルモルト・ウイスキーやブレンデッド・ウイスキーは長年、「スコッチの劣った模倣品」と見なされてきました。ただ、2008年ごろから国際的な賞を獲得し始めて世界中で需要が高まり、2015年頃までには供給が枯渇し始めました。供給不足から価格は急騰、国産クラフト・ウイスキーの先駆けとなった埼玉県の秩父蒸留所のイチローズ・モルト・シリーズは、香港のオークションで2020年、54本セットが150万ドル(約2億2,230万円)で落札されました。今月中旬には、競売大手サザビーズが日本の希少なウイスキーを集めたコレクションを出品。中でも52年熟成された1本が30万ポンド(約5,580万円)で落札されました。
 国内の大手メーカー、サントリー社とアサヒ・グループ・ホールディングス社傘下のニッカ社はこの10年、2021年の基準で最低でも3年間の熟成を要件とする「日本産ウイスキー」の生産能力の拡大と在庫数の増加に注力し始めました。国内最大で知名度も高いウイスキー・メーカーのサントリー社は今年、山崎を含む複数の蒸留所を改修するために100億円を投資すると発表しました。
 日本のウイスキー市場には外貨も投入され始めています。酒造大手の英ディアジオ社は2021年、鹿児島県の老舗焼酎メーカーの小正醸造が2017年に設立したウイスキー蒸留所「嘉之助蒸溜所」に少数株主として出資しました。日本経済新聞社が3月に報じたところによりますと、米ケンタッキー州を拠点とするIJWウイスキー社傘下のシーダーフィールド社は、北海道千歳市に国内最大級のウイスキー蒸留所を建設する予定だとのことです。シーダーフィールド社の担当者は、この計画についてコメントを差し控えていますが、新規参入の業者が増え、新たな商品が市場に出回る中、業界からは質の低いウイスキーが日本産ウイスキー全体の評価を落としかねないと懸念する声も上がっています。

349、シードリップ社がノタス・デ・アガベ(Notas de Agave)を新発売
 2023年12月、アルコールフリーのスピリッツのシードリップ社は、ブリジャートンのレジェ=ジャン・ペイジ主演のビデオとともに、リュウゼツラン風味の商品を米国で公開しました。新しいシードリップ・ノタス・デ・アガベは、洋梨、ライム、リュウゼツランのフレーバーをブレンドしたものだと説明されています。ディアジオ社が支援しますこのブランドは、アルコールフリーのスピリッツにソーダとライムを少し加えて、低カロリーのランチ・ウォーターを作ることを推奨しています。マルガリータやパロマ・スタイルのカクテルのベースとしてもお使いいただけます。
 2019年8月、ディアジオ社は3種類のノンアルコール製品(ガーデン108、スパイス94、グローブ42)を提供するシードリップ社の株式の過半数を取得しました。同ブランドが引用しましたIWSR2023データによりますと、シードリップは米国で最も売れているノンアルコール・スピリッツだそうです。2023年10月、シードリップ社は、飲酒者に多様な飲み方を受け入れるよう奨励することを目的とした新しいキャンペーン「Choose Different」に、『グレイマン』のスター、レジェ=ジャン・ペイジを起用しました。キャンペーンの一環として、英国人俳優が短いビデオでNotas de Agaveを紹介しています。シードリップ・ノタス・デ・アガベは、2024年1月から米国の一部の小売店およびブランドのウェブサイトから購入できるようになり、希望小売価格は700mlあたり32.99ドルとなります。

350、プロングホーン社、ブランド支援を追加
 2023年11月、ディアジオ社傘下のインキュベーター、プロングホーン社は、ニューヨークを拠点とするコニャック・ブランドを含む、黒人女性が経営するスピリッツ企業3社に投資しました。プロングホーン社は、アクワイアード・テイスト・コニャック、ニューイングランド・スウィートウォーター・ファーム&ディスティラリー、ラリー・ジン(Acquired Taste Cognac, New England Sweetwater Farm & Distillery and Rally Gin)に資金援助を行いました。これら3社は、エゴ・テキーラ、アビソラ・ウイスキー、レッド・ヘーゼル・ウイスキー&ライ、TCapri Tequila、アンティール・テキーラ、デルタ・ダート・ディスティラリーを含む、黒人女性が創業、経営、または所有する他の6つのブランドに加わります。
 アクワイアード・テイスト・コニャック社は、ニューヨークのスピリッツ会社ミンゴ・インポート社(Mingo Imports)が所有・運営しています。この家族経営の企業は、マイノリティの所有権と株式の重要性に対する意識を高めることを目的として設立されました。ニューイングランド・スウィートウォーター・ファーム&ディスティラリー社は、アリサ・ローレンスとニラジャ・ヤング(Alisa Lawrence and Nilaja Young)の姉妹とその配偶者によって運営されています。同社はウォッカ、ジン、ウイスキー、ラム、そしてレディ・トゥ・サーブ・カクテルを製造しています。ラリー・ジンは、ミズーリ州に拠点を置くデコイ・ビバレッジ社(Decoy Beverage Co)によって開発されました。同社は、幼なじみのデズモンド・カー、ティム・マッコイ、アリーシャ・デイシー(Desmond Carr, Tim McCoy and Alysha Daicy)によって2020年に設立されました。
 またその2週間後、プロングホーン社は、アメリカンウイスキー・メーカーのニューイングランド・バレル社(New England Barrel Company)に投資しました。ニューハンプシャー州に拠点を置くニューイングランド・バレル社は、2種類のコア・バーボンと数種類の限定シングルバレル・ウイスキーを製造しています。これらのウイスキーは、アメリカの蒸留所から仕入れたウイスキーを瓶詰めしたものです。
 プロングホーン社は、今後10年間で黒人所有のスピリッツ・ブランド57社に投資し、黒人コミュニティに24億ドルの経済価値を生み出す計画です。当時、プロングホーン社は、スピリッツ業界における次世代の黒人起業家と経営幹部の育成という同社の目標を支援するため、2億ドルを調達したことを発表しました。

351、ラガヴーリン、イアン・マッカーサーを記念した特別ボトルを発売
 2023年12月、アイラ島蒸留所のラガヴーリンは、引退を控えた倉庫マネージャー、イアン・マッカーサー(Iain McArthu)の50年間のキャリアを記念する特別なボトルを製作しました。マッカーサーはポート・エレン蒸留所でウイスキーのキャリアをスタートさせ、その後ラガヴーリンに移り、半世紀にわたりそこで働いてきました。ピート・カットや樽の管理から、蒸留所訪問者向けの倉庫試飲会の実施まで、様々な職務を経験してきました。
 マッカーサーは次のように述べています。「ラガヴーリン・ファミリーの一員であることは、人生最大の冒険でした。しかし今、私は変化を求めています。私にとって、18年物のこのボトルは、一杯のウイスキーを楽しみ、人生の様々な瞬間を祝った懐かしい思い出を呼び起こします。私と同じようにこの蒸留所を愛するすべての人に、このウイスキーを楽しんでいただければ幸いです」。この樽は18年前にマッカーサーによって詰められ、今月、ボトル詰めも彼によって手作業で行われました。
 セカンド・フィルのマンサニージャ・シェリー樽(manzanilla Sherry casks)で熟成されたイアンのフェアウェル・ドラムは、くすぶる木の残り火、熟した果樹園のフルーツ、そして芳醇なスパイスの香りが特徴です。アルコール度数は58.7%で、希望小売価格は350ポンド(444米ドル)です。マッカーサーの友人や家族は12月14日に最初のボトル購入の機会を得ました。さらに18本は抽選で購入可能でした。
 我々キリン・ディアジオ社の営業部とマーケティング部の社員は、スコットランド研修でこのラガヴーリン蒸留所を訪問した際は、イアンさんに蒸留所訪問を喜んで受け入れていただき、彼のレクチャーを受け、丁寧な対応をしていただきました。時には日本人の細かすぎるどうでもいいような(失礼!当人には大切な聞きたいことだったのでしょう)質問にもユーモアあふれる回答で対応していただきました。今ではこの蒸留所のスピリッツも樽に詰めたらすぐに本土に送ってしまうので、ここには樽がほとんど残っていない、とおっしゃってましたね。でもシェリー樽に30年熟成されたラガヴーリンが残されていまして、少しずつですが飲ませていただきました。正直すごく甘くて少しひねた様な味でした。彼も、そうでしょう、と言って笑ってました。大変長きにわたってお疲れ様でした。その節は誠にありがとうございました。(続く)


 さて第55回目の回想録でしたが、いかがでしたでしょうか。ディアジオ社としてスタートしての41回目でした。前書きでビア・ガーデンの納品について書きましたので、続けますが、そのビア・ガーデンの納品する冷蔵庫ですが、当然のこと冷やすビールだけの置き場ではありません。メニューにある食材の置き場でもあります。いつも枝豆が冷やしてあり、タイ国から輸入した冷凍の焼き鳥もそこで解凍してました。いつも生樽の上に置いてありましたので、一旦出して、樽はすべて先入先出ですので入れ替えて奥から積み込んでいくわけです。しかし当時の焼き鳥ですが、驚いたことに(当たり前ですか)すでに焼けているタレや塩のモモやネギマ、レバーが焼き目がついた状態で冷凍されていたのです。厨房では焼かないんだと思いました。レンジで済ませていたのですね。1980年代後半のその当時、出来合いの焼けて焦げ目もついている状態の輸入焼き鳥なんて知りませんでしたので、その時は不勉強ながら今はこうなんだと思い知らされました。
 またビア・ガーデンのオープン初日には会社のほぼ全員上げて飲みに行きます。酒問屋とはいえ、飲めない社員もいたのですが、ほぼ全員参加でしたね。ビール・メーカーのサッポロビール社も当然、神奈川支社のほとんどの方が来て腹を貸すのです。会社持ち(サッポロビール社持ち?)の飲み会ですから財布に影響はないのですが、つまみの味はそこそこ(失礼!)、一番きつかったのは、6月中旬ということもありまだまだ寒くて寒くて。梅雨の最中ですし小雨が降り注ぐ中行ったこともありました。会社もサッポロビール社も売り上げにつながるわけですし、初日のお祝いということもありお互い相当飲みましたよ。今と違いましてコンプライアンスなるものなど存在しない時代でしたので、一気飲みとかも当然ありまして、じゃんけんに2、3度負けますと、一旦階下の8階のトイレへ行き、吐いてこないと次が入らない状態でした。そこまでして?でも飲んでましたね、皆さんも私も。飲み会なのか仕事なのか分からない始末でした、賃金の派生しない仕事だったのですね。飲み過ぎて翌日つらい思いもしますし、また20本配達しなければいけませんし。
 さて、このようによしなしごとを書き綴っていますが、これからもまだまだディアジオ社につきましての回顧録は続けていく所存でございますので、ご指摘等ございましたらどんどんお寄せいただきたいと思います。何卒今後とも宜しくお願い申し上げます。


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