六角の空、いちごの灯

ふといつも違う空気を
吸いたくなって
少し遠くの街まで
足を延ばすことがあります。
京都の街のまんなかに
ぽっかりと空いた
不思議な場所があります。

烏丸の通りから一歩入ると
そこは「六角堂」。
まるでそこだけ時間のあぶくが
止まっているかのような
静かな境内でした。

見上げると
六角形の屋根が
大きな番傘のように
空を切り取っています。
すうっと息を吸い込むと
古い木肌と
本堂から漂うお線香の香りが
混ざり合った
深い緑の匂いがします。
足元に目を落とせば
真ん中にぽつんと座る丸い石。
京都の中心地を示すといわれる
通称「へそ石」です。
その不思議な佇まいを眺めていると
大地のずっと深いところにある
鼓動が伝わってくるような気がして
ふっと肩の力が抜けていきました。
本堂の前に立ち
静かに手を合わせます。
私は新しい土地の神様や仏様にお参りするとき
「この地にお邪魔しております。
ご挨拶に伺いました」と
心の中で語りかけることにしています。
そうすると
見知らぬ土地の空気と
なじめる気がするのです。

境内では
かわいらしいおみくじにも出逢いました。
小さくて愛らしい鳩の形をしたおみくじ。
そっと引いて開くときの手元のときめきは
いくつになっても変わらない
かけがえのない感情です。

池のほとりに立てば
風がしだれ柳の髪を
優しく梳(す)いてゆきます。
さらさら、さらさら。
境内に遊ぶ鳩たちの
ふくふくとした羽の白さ。
時が止まったような静寂のなかで
私の感覚は
一枚の薄紙をめくるように
ゆっくりと開かれていきました。


小さなハサミがひらく秘密の部屋
お寺をあとにしても
まだ夢の続きのなかにいるようでした。
誘われるように向かったのは
一年中いちごの灯りを
守り続けている小さなお店。

目の前にそっと置かれたのは
食べるためのものというより
ひとつの美しい芸術品のような
いちごのミルフィーユでした。
気品あるグレーのリボンが
大切に結ばれています。


添えられたのは
アンティークのような
繊細な透かし彫りが施されたハサミ。
金属の持ち手に指をそわせ
リボンに刃をあてる。
――チョキン。
かすかな、けれど、胸にまっすぐ届く音が響き
結び目がほどけます。
その瞬間のことです。
閉じ込められていたいちごの甘い香りが
ふわりと放たれました。
目には見えないけれど
まるで薄紅色のような優しい空気に
包み込まれるようです。
今日のミルフィーユのいちごは
地元の京都の「紅ほっぺ」だそうです。
フォークを入れると
パイ生地が「さくっ」と
軽やかな音を立てて
縦の層へと崩れてゆきます。
お菓子のなかに
建築のような、彫刻のような
美しい秩序があることに
感動します。
口に運べば
ひんやりとしたクリームの甘みのあとから
紅ほっぺの濃密な果汁が
じゅわっと舌の上で弾けました。
そして
さらに奥深い味わいを
感じさせてくれたのは
パイの表面に施された
キャラメリゼの魔法。
優しく甘いだけではなく
香ばしくて、どこかほろ苦い
そのビターな余韻が
いちごの爽やかな甘みを
いっそう深く引き締まったものに
仕立ててくれているのです。
甘くて、酸っぱくて、少しほろ苦い。
まるで短い上質な物語を
舌の上で読み進めているような心地がしました。
日本全国の産地から集まったいちごたちが
ここで一番美しい姿に着替えて
誰かの一日を照らしてくれます。
そんな優しくて
少し厳かな手仕事の気配を察しながら
安らぎの感じられる幸福を
そっと抱きしめました。






The best journeys start with curiosity, not a map.
一番いい旅は地図ではなく、好奇心で始まるんだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。みなさんも素敵なコーヒータイムをお過ごしくださいね(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)

