老いを生きる
母の物忘れがひどくなっている。忘れるといより、記憶に残らないというのか、そもそも頭に入らない感じだ。
年齢的に仕方のないことなのだろうかとも思っていたが、夏の帰省時と正月時を比べると、たった半年であまりにも進行しているような気がして心配になった。
ひとりでいる時間の長さが、認知症を加速させていないだろうか
母は8月末で88歳、米寿を迎えた。日常の作業は問題なくできるし、基本一人暮らしをしていてなんの心配もない。食事も自分で作るし、生協で買い物し、家計も管理している。1〜2年前からパソコンでメールするようになり、その後、パソコンのLINEでわたしや孫たちとやりとりできるようにもなった。
時々、LINE画面を出すのがわからなくなったりもしているけれど、義妹や甥のアドバイスでまたやりとりが再開できる。
昔の88歳を思えば、ずいぶん進歩的な母なのだ。が。
話をすると、ふんふんとよく聞いている。そもそも話すより人の話を聞く人だ。ふんふんと聞いて、うなづいたり相槌を打ったりしてくれるからわかっているものだと思っていると、これが全く覚えていない。話した内容どころか、そんな話を聞いたということすら覚えていない。
1日2日前のことならともかく、10分前のことすら忘れたりする。忘れないときもあるけれど、忘れることが増えてきた。
弟夫婦と二世帯同居ではあるけれど、食事は別々。弟夫婦は仕事もあって出掛けてしまうから、日中はひとりで過ごしている。
友人といえばほぼご近所の人だし、母より高齢の人が圧倒的に多くて1人、また1人と欠けていく。
数年前までは車でどこへでも出掛けたけれど、83歳で免許証を返納してからは行動範囲が極端に狭くなってしまった。歩くことは好きじゃないと言い張って出歩かない。
免許があった時は春から秋までマレットゴルフに出掛けて、そこそこ良い運動ができていた。伯母(母の姉)が地域の選手になるほどの腕前で、負けじと練習に励んだ甲斐あって上達し、近所の人を集めて近くの公園で簡単なマレットゴルフをしていたが、それもいつの間にか辞めてしまった。一緒にやる人がいなくなってしまったのかもしれないが。
伯母も母より後だったが免許証を返納し、車でなければ行き来できない距離なので、あまり会えなくなっている。それでも最近は叔母(母の妹)が車を出して、伯母も連れて遊びにきてくる。三姉妹仲が良くてよかった。でも、その叔母だって早晩、免許を返納するだろう。
ひとりでパソコンゲームと新聞のクロスワードパズルをやって1日が終わっているのかと思うと心配になる。座りっぱなしは体に良くないはずだ。
好きだった編み物も、本を見て編もうとするものの途中でわからなくなってしまうから、嫌になったという。でマクラメ編みとかなんとか変わった編み方を覚えてバッグを作ってくれたのは、ほんの数年前だった気がするのだけれど。
本人は仕方がないと思っている。
もう歳だから、88歳なんだから仕方ないというのが口癖だ。
でもそれでいいのだろうか? 正直わからない。
なんでも諦めていく母を、まっすぐ受け入れていれば良いのだろうか。親にはいつまでも若くいて欲しいと願うのは子の身勝手で、とても酷なことだろうか。
もの忘れ外来へ
そうはいっても最近の母のもの忘れはひどすぎる。
そこで、もの忘れ外来に行くように勧めたのが9月末。10月に入ってすぐ診察してもらえることになり、MRI検査や認知症検査を経て、水頭症の疑いがあるということがわかった。
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