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読書感想文が、どうしても書けなかったのは、あの「場」のせい――正直に書くと、居心地が悪くなる教室で


子どもの頃、読書感想文が嫌いだった。
というか、何を書けばいいのか分からなかった。
そもそも、書き方を教わった記憶がない
「本を読んで、感想を書きなさい」と言われるけれど、
感想文を書くための本をどう選ぶかも、
誰も教えてくれなかった。

本を読むのは嫌いではなかった。
むしろ好きな方だったと思う。
ただしそれは、自分が読みたい本に限っての話だ。

興味のある本を読んで、
「面白かったな」と思って、
それで終わり。
読み終えたあと、
わざわざ感想を書く必要がなぜあるのか。
本を読みっぱなしで、何か悪いのだろうか。
当時の僕は本気でそう思っていた。

「あらすじを書くな」と先生は言うけれど、多少は書くだろう
読んでいない人に向けて書くなら、最低限の背景がなければ、
感想だって伝わらないじゃないか、と。

優秀賞をとったクラスメートの感想文を読むたびに、
先生連中にウケるような内容がどうしても気になった。
本当にこの子は、そう思って書いているのだろうか。
先生や世の中にごまをすっているんじゃないだろうか。
子どもながら、そんな違和感を覚えていた。

正直に書きたい。
けど、正直すぎると浮いてしまう。
突飛なことを書けば、「変わった子」になる。
だから書きたくなかった。
それは、子供心に防衛本能が働いたからかもしれない。
 
そして、ずいぶん時間が経った。

今、僕はnoteを書いている
誰かに命じられたわけでもなく、
評価があるわけでもない場所で。

書いているのは、
「こう書くべき」というような文章ではなく、
そのとき、自分がどう感じたかだ。

考えて、立ち止まって、
うまく言の葉にならないままでも、
それでも、できるだけ素直に言葉を連ねていく

不思議なことに、
あれほど苦手だった「自分の思いを書く」という行為が、
今は、いちばん自然なことになっている。

もしかすると、あの頃の僕が書けなかったのは、
感想がなかったからではなく、
正直な言葉を連ねていい場所が、
なかっただけなのかもしれない。


じゃあ、今ならどうだろう。

今の自分なら、少しはマシな読書感想文が、書けるだろうか。

答えは、たぶん――

「あの頃よりは」。



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澪(みお)│人生探究家│📖note実験室|フォロバ100% この記事が、あなたの心にちょっとでも寄り添えたなら、サポートしていただけると、とても励みになります。 いただいたチップは、これからの執筆活動と、同じように悩む誰かへの物語づくりに大切に使わせていただきます。

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