【SF小説】新・木漏れ日荘のアオイさん 第23回 談話室にて
談話室にて
前回のお話
今回のお話は、木漏れ日荘に
シンイチの古い親友が来るところから。
それでは、どうぞ。
【読了目安:8分】
雪の木漏れ日荘
2月。丘の上の木漏れ日荘。
アオイは窓の向こうの白っぽい風景を見ていた。
庭も、いつのまにか半分ほど雪に覆われている。
「君がいないと5人はお客さんが減る」
マスターにそう言われて、
久しぶりに出てみたアオイだったが、
この雪模様に客足はさっぱりだった。
機嫌の良い猫のような表情で
表に出ていたマスターが
寒そうに身体をすくめて戻ってきた。
「もう閉めようか。誰も来ないよ」
恨めしげなマスターをそっと見ながら、
アオイは、それでも機嫌が良さそうに
見えるのはなぜだろう、と思っていた。
達也はもうキッチンを片付けている。
アオイが表の札を裏返してClosedにした時
車が坂を上がって、木漏れ日荘に来た。
アオイは、車から降りてきた男を見て
店の客ではないことに気づいた。
「やあ、アオイ。久しぶり」
大きなキャリーケースを転がして来た
男は、アオイをみると微笑んだ。
分厚いコートとマフラーに帽子と
黒縁メガネ。フル装備だ、とアオイは頷く。
夏以来のご無沙汰だね、と声をかけたのは
シンイチの古い友人、中村だった。
アオイは薄く微笑み返すと
メイド服の長いスカートを少しつまんで
腰を落とす挨拶で出迎えた。
「シンイチはいるかい?」
「今日は私、ずっとカフェだったので、
ちょっと見てきます」
そういうアオイを中村は、ああいいよと
止めると木漏れ日荘の玄関に向かった。
その後ろ姿を見て、アオイは
店内に戻った。閉店作業を急ぐ。
中村とシンイチ
アオイと達也が店の裏から
木漏れ日荘側に入り、談話室にいくと
シンイチがブスッとしている。
「まあ、久しぶりなんだ。
そんな顔せずにもてなせよ、シンイチ」
「…どういう風の吹き回しだ」
「ちょっと頼みがあるんだよ」
「もてなせ、それで頼み事もある?
市長の森といいワシの周りは」
「それが佐藤の人徳というべきだろう。
アオイ、一緒にやらないか?」
シンイチは破顔一笑。
「ワシのとっておきを出してやんなさい」
アオイがキッチンに戻ってグラスを
3つと、シンイチのとっておきの
ウイスキーを用意する。
普段酒を飲まないシンイチが、
中村とは飲むことは承知だ。
トレイに載せたものを運んで行き
ソファに陣取った2人の前にグラスを
置いた。お相伴に預かるのは嬉しい。
綾乃も一緒にどうですか
あれこれ話し出した2人に、アオイは
「ちょっと」といって、談話室を出る。
いったん部屋に戻ったアオイは、
普段着に着替えて、隣の綾乃の
部屋のドアをノックした。
「綾乃、下で話しませんか?」
部屋着の綾乃は本を読んでいたらしい。
小さくうなずくと、アオイと一緒に
談話室に降りていった。
人見知りの綾乃
談話室に戻ると、綾乃はアオイの手を
握ってきた。アオイの見たところ
綾乃はかなり人見知りが強く
知らない人がいる時は、ほとんど喋らない。
アオイのセンサーには、綾乃の緊張が
痛いほど伝わってくる。
しかしアオイは、中村に綾乃を
引き合わせた。
「中村さん、綾乃さんです。最近
木漏れ日荘に引っ越してきました」
中村は、顔を伏せている綾乃に
静かな、低い声で話しかけた。
「こんにちは、佐藤の友人の中村です」
「…」
声が小さくて聞き取れない。
綾乃の様子を気にするふうはなく、
そのままシンイチとの話に戻る。
夕食の会話
アオイは綾乃と一緒にキッチンに
立った。夕食と、簡単なつまみを
用意する。
つまみは、柳と柚葉の得意だ。
アオイは綾乃が夕食を食べる様子を
隣で見ている。
「綾乃、おいしいですか?」
「うん。きき緊張した…けど、
ごはん食べたら落ち着いてきた」
「私は人間の感覚がわからないけど
今綾乃がリラックスしているのは
感じ取ることができます」
「な、なんだか自分の中を」
言い淀むと綾乃はもじもじする。
「なんでしょう」
「探られているようで、普通だったら
嫌だけど、アオイちゃんなら許す」
「…綾乃、センサーに体温上昇と
化学物質の分泌の反応が」
無表情なままアオイが指摘すると
綾乃は耳まで真っ赤になって抗議した。
「アオイちゃん、人間はそれを
指摘されるのは嫌いです。」
「綾乃、主語が大きいですね。」
アオイは顔を寄せてじっと見つめた。
「もちろん知ってて言ってます。」
口をパクパクさせていた綾乃が、
知りませんというのを見て、
アオイは密かに、満足した。
ジオラマ
2人が談話室に戻ると、丁度
中村が、大きなケースを開けていた。
中から出てきたのはプラモデルだ。
達也がヒュウと口笛を吹く。
「中村さん、相変わらずの完成度!」
出てきたのは、ジオラマのセットと
大昔の戦いの様子だろうか。
小さな兵士の人形と騎馬の人形。
騎士だろう。
「すごいな、できたのか?」
シンイチも興味津々で覗き込む。
満足げに中村が説明する。
「クレシーの戦いだよ。中世重装騎士の
終焉だね。」
「聞いたことがあるが覚えてないな」
アオイは綾乃をみていた。
綾乃は目を輝かせてジオラマを
見つめている。
「あ、あのう!」
「なんだい、お嬢さん」
振り向いた中村に、綾乃は話しだした。
「これ、どうやって作ったのですか?」
「部材のキットと、あと一部は手作り
だよ。興味あるのかな?」
綾乃、喋る喋る
「はい。これ、クレシーの戦いですよね?」
「さっきもそうきいたが」
綾乃は丘の上に陣取る方を指差す。
「こっちがイギリス軍。前方が騎士
後方に、長弓兵団が配置されています。」
中村が面白そうに引き取る。
「そしてこっちがフランス軍だ。
ここまでイギリス軍を追撃してきた。」
「こっちはたくさんいるけど
先頭にクロスボウの射手がいます」
「どういうこと?」
「フランス軍のクロスボウは威力はある。
だが、速射できないんだ。」
綾乃がうんうん、とうなづいている。
「ロングボウは熟練がいるけど、
速射できて射程が長いんで、有利でした。」
「それでフランス軍は従来通り、
重装騎士で突撃します。でも」
「下はぬかるみで上り坂だ。そこに」
「従来の雑兵扱いではない、訓練され
国王の軍という意識の長弓兵団が」
「「一斉射撃」」
中村と綾乃の声が重なる。
「ばたばたと倒れる中から、ようやっと」
「イギリス軍までたどり着いたら騎士団がお出迎え」
シンイチがようやく思い出す。
「まるで長篠の合戦じゃい。」
「そのとおり。フランス軍は壊滅した」
達也がみていたのは、綾乃だった。
「綾乃ちゃん、すごいねえ!
詳しいな。それにわかりやすい」
そう言われて、綾乃はあわてたように
手を振り、小さな声ですいません、
つい出過ぎた真似を…と謝る。
「いやいや、楽しいよ。よく知ってるじゃない」
中村にも褒められると、綾乃はさらに
小さくなった。
アオイ。それは反則じゃろがい
「それにしても、こいつは見事じゃ」
そうだろう?と中村はメガネを掛け直す。
「こいつをね、預かってもらえないか」
シンイチが、笑顔の友人を驚いて見返す。
「いやいや。それは困るぞ」
「頼むよ。家では置き場所に困ってね。家庭争議が起きそうなんだ。」
そう言われて見れば全体ではかなり大きい。
細かい部品も多い。
しかしなあ…と渋るシンイチに
綾乃が私が管理します。管理させて下さいと頼み出した。
そんな事を言っても、綾乃さんの部屋に
これは大きすぎるじゃろ?
そう言うシンイチに、様子を黙って見ていたアオイが口添えする。
「使ってない部屋ならあるじゃない」
シンイチが叫ぶ「アーオーイー」
「いらん事を言うのう?」睨む目は
これで話は終わりだと言っている。
これを聞いてアオイは、ほんの少し
首をかしげシンイチをじっと見つめた。
一瞬のタメを作る。
「……お父さんのケチ。まふゆ、悲しいな」
シンイチは聞いた途端に俯き、
思わず「ぐぬぬ…」とうめいていた。
「アオイ…その手は反則じゃろがい…」
その瞬間、中村は勝利のVサインをした。
達也は慌てている。
項垂れたシンイチを見て、綾乃も慌てている。
アオイは、いつもの口調で綾乃に説明する。
「ヒューマノイドの私に、お父さんが
最初につけた名前です。」
「え?」
「私その名前が嫌いで」
ある事をきっかけにアオイになったんです。
その後は、アオイの言う通り
空いている部屋を掃除して
綾乃が、管理する事が決まるのに
手間はかからなかった。
上機嫌の中村は、シンイチとアオイも
交えて飲み直し、その夜は泊まっていった。
* * *
後片付けをしながら、隣で布巾で
食器を拭いている綾乃が、チラチラと
自分を見るのにアオイは気づいていた。
綾乃が意を決したように尋ねる。
「名前、自分で変えたんですね?」
「はい綾乃。そうです」
「私、その話聞いてもいいですか」
「だめと言っても聞きますよね?」
「そ、ソレは…じゃあ聞きません」
アオイの読み通り、綾乃の我慢は
洗い物を終わるまでだった。
「やっぱり聞きたいです。教えてください」
アオイはうっすら雪あかりの外を見て
返事を決めた。
「そのうちにね、綾乃」
雪は明日積もっているだろうか
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