論外と言わざるを得ない ── 長崎の日に考える日本の核武装
長崎の日。
平和公園の祈りとは裏腹に、
ネットでは「日本も核武装を」と叫ぶ声が見える。
だが冷静に考えてほしい。核を持つとは、こういうことだ。
莫大なコストを払い、国際社会から孤立し、
自国の大地と人々に、三度目の核を落とす選択肢を自ら握ること。
核抑止は、確実な報復力と
膨大なインフラがなければ成立しない。
そしてそれは、永遠に事故のリスクと
隣り合わせの装置を抱えることでもある。
すべての軍事は政治的果実の回収のために
行われる。その政治的果実を得られない
から日本の核武装は、論外と言わざるを
得ない。
【読了目安:約10分】
1.今日考えること
8月9日、長崎に原爆が落とされた日。
あの惨禍の記憶から、私たちは何を学んだのか?
中学生の時の修学旅行で
長崎の平和記念像を見た。
天を示し、手を大きく広げた
茫洋とした表情の青銅の巨人。
現在日本には多くの外国人観光客が訪れる。
そのかなりの人が、長崎・広島で資料を
見た結果原爆投下を正当化できないと
感じている。
今「日本は核武装すべきだ」という
声がある。冷静に「核」をめぐる現実を
見つめ直すべき時だ。
2.核武装論への疑問
核武装論の主張
私が見聞きする限り、やり方は考えず、
ただ必要だという主張が目立つ。
核兵器を所有することは日本独自の抑止力になる
技術的には日本にも核兵器の生産・保持・ミサイルの開発も可能
大学生でも設計図を作れる(都市伝説)
そこでこれらに対し、以下の問いを出す。
これらの問いに論理的な可能性がない限り
核武装論は非現実的と判断して良い。
核兵器を自力で開発する必要性はあるか?
どのような核兵器なら抑止力になるか?
それを開発する能力は日本にはあるか?
運搬能力を持つことは可能か?
一つずつ考えていこう。
技術的な困難性について、大学院生程度の
知識で図面は弾けるということについては
詳しく検討する。
核兵器を自力で開発する必要性はあるか?
これは必須の条件として良いと思う。
抑止力が必要なのは、周辺国を仮想敵国と
認識しているからだ。この認識は軍事的
には正当だと言える。
仮に隣国が核兵器を所有していたとして
自分を仮想敵国と見始めた国に
核兵器を供与するだろうか?
イギリス、フランスは応じない。
中露も同様。北朝鮮は当然無理。
イスラエル、インド、パキスタン
同様に無理だと考える。
日米同盟の相手国アメリカも
応じないであろう。
そのミサイルがワシントンDCを
狙わない保証はないのだから。
よって、もし日本が核武装するなら
それは自国で独自に開発したものになる。
どのような核兵器なら、抑止力になるか?
日本に対する侵略の試みを事前にやめさせる
これが抑止力の定義とする。
相手国を一挙に壊滅させられる能力
これを所持した場合のみ、抑止力になる。
一発か二発、運搬手段もないのに所有を
宣言しても相手国は痛くも痒くもない。
信頼性のたかい核兵器を飽和攻撃可能な量
運搬手段とともに所有し訓練を見せつける。
この場合のみ、核兵器は抑止力になる。
核兵器の開発、所有、維持は可能か?
核兵器の原料である使用済み核燃料なら
日本には大量に保管されている。
各地の原発で文字通り水に浸かっている。
高い放射線量があり危険な物質である。
これを工場まで運び、精製・濃縮を経て
核弾頭の材料として再加工する。
実験も含め数百発は必要ではないか?
再処理施設は稼働できるだろうか?
今はまだ、稼働していないのだが。
試験場も必要になる。どこかの自治体で協力してくれそうだろうか?
機密保護も国際的な非難も検討せず
ただ抑止力を持つためにはこれだけは
最低必要になると思う。
運搬能力を持つことは可能か?
運搬手段については不可能とは言えない。
実際に海上自衛隊は2026年の巡航ミサイル
トマホークのイージス艦への配備を進めている。弾頭を勝手に交換できるかは不明。
ライセンス生産は合意されていない。
民間で、実戦配備目指し開発中である。
潜水艦に関しては、現在保有する潜水艦に
核ミサイルは搭載できない。巡航ミサイルが搭載可能かは明らかではない。
3.臨界事故が示す危険の本質
プルトニウムが核兵器の原料になる。
使用済み核燃料を兵器用に濃縮して作る。
米国の「デーモン・コア」事件
東海村JCO臨界事故
有名な事件だが、放射性物質を
無造作に扱うことは、災害でしかない。
「核は簡単に作れる」と語る人々は
どうやって簡単に作るのだろう?
今仮に、プルトニウムの塊があるとしよう。
それで核爆弾の試作を行うとする。
だがプルトニウム塊に近寄れば被爆死する。
プルトニウムの放射線量はそのレベルだ。
グレープフルーツ大のプルトニウムは
どんな刺激ででも核爆発を起こす
可能性がある。極めて不安定で危険
極まりない物質である。
どうやって簡単に作れるのか?
安全に取り扱える施設は大規模になる
そう私には思えるのだが。
4.日本の立場と国際環境
日本は唯一の戦争被爆国であり、
核廃絶を訴える道義的立場がある。
これを手放してまで、
核武装を選ぶ価値はあるのか?
IAEAの査察と影響
現状、日本はIAEAに核兵器非保有国として
加盟している。その査察は極めて厳しく
違反やごまかしなどは通用しない。
秘密に、極秘にと言ったが、
それ自体がほぼ絵空事に近いと思う。
疑いを持たれた時点で非常にまずい。
経済制裁など極めて強硬な反応が
各国から寄せられる。
核武装をやめ、設備を解体しないと
経済制裁は解除される見込みはない。
その後も、失った国際的な信頼は
取り戻せない。
地政学リスク ーアメリカの強硬姿勢ー
日本の立場を甘く見ていないだろうか?
日本が核武装を秘密裏に行ったとしよう。
それをどこの国よりすぐ察知し、警戒し、
やめさせるのは他ならぬアメリカ合衆国
である。
長くなるので補遺に回すが、日本の核武装は
アメリカにとって到底受け入れ難い地政学リスクである。
どんな手段に訴えても、それはさせない。
仮想敵国に、自分が入っていることを
アメリカは疑わないからだ。
日米安保条約はどちらかの国が宣言すれば
1年で破棄、失効させられる。
その間に、日本では政変・クーデターが
起きる可能性が高い。
日本の食料自給率・燃料その他の輸入依存度は核武装したところで何一つ改善できない。
日本という国が、いかに微妙なバランスで
外交上泳いでいるか、核武装論者は真剣に
アメリカの地政学を読むことをお勧めする。
「守るための核」が、国を破滅の危機に追い込む。
5.唯一の使用先は自国民
もし、日本が核武装した場合、実際には
「自国の領土と国民に向けて核を使う」
可能性が最も高い。
仮に、日本が侵略を受けたとしよう。
その上陸軍に対し、自衛隊は劣勢である。
陸上自衛隊は撤退した。そして。
爆発半径数キロの戦術核が使用される。
侵略してくる敵は、核武装論者の想像通りかもしれない。だが、ホバークラフト型の上陸用舟艇に乗り沖の強襲揚陸艦からの援護を
受けて歓声をあげて乗り込んでくるのは、
違う国の海兵隊員である可能性も否定
できない。
このシナリオは決して空想や極論ではない。
現実に日本が核兵器を保有し、
防御兵器としてのみ使える状況に
追い込まれれば、自国領土への使用は
「最後の選択肢」として現場に
突きつけられるだろう。
それは唯一の戦争被爆国が、
三度目の核被害を自らの手で生み出す、
という最悪の帰結である。
6.結論:核武装論は破綻している。日本の核武装は不要
核兵器は「張子の虎」とも呼ばれる。
所有するだけで使えないという意味だ。
所有・維持するためには、通常兵器とは
全く違う規模の金額がかかる。
そしてそれは、ただ持っているだけで
使うことはできない資産となる。
デッドストックといえばこれほどの
デッドストックはない。
日本にとって致命的な不良資産になる。
別に外交と日米安保の傘のしたで
善隣外交を続け、平和への努力をすれば
腰の刀こそなくなっても心には刀を持った
侍の国は十分尊敬を受けるだろう。
現に尊敬を受けている。
核兵器の開発を秘密に行なって
不信と失望と経済制裁と包囲網に喘ぎながら
ボロボロになって意地を張る日本は
一体何を得るというのだろう?
抑止力の確保というのは戦略目標であって
政治的果実は「自国民の安全と繁栄」である。
平和を維持するためには、経済の発展も
通常戦力の充実も同盟関係の維持も不可欠だ。
だが、核武装は、それらのコストを
全て台無しにするだけなのではないか?
戦争が「最も無益な投機」なら、
核武装はその極致にある。
求める政治的果実は、核武装によって
永久に失われるのではないか?
冷静なコスト計算の結果、核武装は論外と言わざるを得ない。
補遺 地政学から見たアメリカにとっての日本
アメリカは、第二次大戦の前から、
日本を友好的な国に変心させる方法を
検討していた。
今そうなっているわけだが、
それはアメリカにとってそれが必要だからだ。
同時にそれは日本にも恩恵がある。
アメリカは「海洋国家」である。
巨大な大陸であるが、同時に大洋に面し
その国家の経営は国際的な海上交通と貿易によって
維持されている。
そのような国において、何よりも必要なのは
その海の対岸にあって、平和で安定して
何より能力が高い港の存在である。
できたら自国の海軍が基地を置けるなら
最高である。
日本は今そういう国だが、別にアメリカは
この対岸の信頼できる国が日本である必然性はない。
太平洋の反対側で、安全な貿易港と軍港。
これだけなのだ。
今は中国は仮想敵国だから
それに対する防衛ラインとして
日本列島は重要である。
繰り返すが、重要なのは日本列島であって
日本国民でも日本政府でもない。
だから信用できないという向きもある。
確かにそうかもしれないが、
彼らは約束を守るし、平和主義者でもある。
アメリカを相手に戦う能力は日本にはない。
過去に不可能だったが今も不可能である。
戦うわけにいかない隣人とは
仲良くするに限る。
相手の喉元にナイフの切先を
突きつけるような真似は
反撃でボコられるだけだから
やめておいた方が身のためである。
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