『なぜ別れられなかったの?──』
「どうして別れなかったの?」
モラハラを受けていたと話すと、何度も聞かれる言葉です。
なぜ別れなかったんだろう?
どうして、そんなにがんばってしまったんだろう?
私自身もずっと自分に問い続けていた。
答えは
――好きになった人を信じたかった
好きだから、さいごまで信じたかった。
信じたから、努力したかった。
夫の中の優しさを探すたびに、
自分の中の痛みをごまかすのが上手になった気がします。
「私が悪かったのかも」
「私が変われば、うまくいくかもしれない」
「夫が怒らないように、もっと気をつけよう」
「大丈夫、きっと・・」
そんな風に、私は“私”を削って、
“夫にとっての理想の私”になろうとしていました。
本来のプラス思考がわざわいしていたのかもしれません。
今なら言える。
「あなたは、悪くない」って。
モラハラの傷は、目に見えません。
暴力もなかったし、外面はとても良い夫であり、お父さんだったから。
趣味は「子供と遊ぶこと」
特技は「家族の失くしたものを探す」
と会社のプロフィール欄に書いてある。
だから
なんとなく周りに話しづらく、
結局、自分の中に閉じ込めてきました。
私は、声を失ったわけじゃない。
声を「しまい込んだ」だけだった。
それが“しずく”のように、少しずつ心を濡らしていったんです。
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このnoteには、私が過去に言えなかったことを書いていきます。
あのときの私が
このようなブログに出会っていたら
もっと早く心が回復できたかもしれない。
過去の自分にかけてあげたい言葉を、ここに綴ります。
声にならなかった言葉たちが、
いまここで、少しずつ音になって届きますように。
これを読んだ人が、少しでもホッとして
私悪くないって思えますように。
誰かの心を照らす灯りになればと願っています。
ほんとに辛い時って
こういうの読むのも、ムリ・・と
なるのも分かります。
私も読めなかった。
題名を読んで、救いになりそうなのから読んだり。
認めると自分の本当の現実として
突きつけられる気がして。
だけどね、ちゃんと私は今
信じられないほど元気に
たぶん、あの時の1000倍は輝いて
楽しく生きています。
空の色が違うことを実感しています。
つらかった日々があったからこそ、今の私があります。
もう無理はしない。自然な笑顔の私が鏡の中にいます。
今すごく元気です。
そして、あなたにもきっと良い未来が必ず待っています。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
