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《ショートショート》 無い地球・ある地球〜階段ゼロの世界~

序章
 加賀見凌(かがみ りょう)は、大学教授の藤川美紀から借りた小さな装置を手に取った。

 大学 2 年生の凌は、美紀の研究室に所属している。彼女と最初に出会ったのは、高校時代に参加した「体験船プロジェクト」の時だった。

 美紀は大学で研究をしている天才女学生で、眼鏡をかけ、長い髪をなびかせ、知的な雰囲気を漂わせながらの語り口と、時折ふとした瞬間に見せる柔らかな笑顔。

 「この人は未来を知っているような目をしている」

 その瞳に吸い込まれそうな感覚を凌は今でも覚えている。

  階段が無い地球

 「本当に、これで別の地球に行けるのですか?」

 美紀が開発した次元移動装置は、手のひらサイズの黒い箱。

 中央には、ひとつだけ青いボタンがついていた。

 「この青いボタンを押せば、並行世界の地球への移動を実体験できるの。でも向こうでの滞在時間が 10 時間だとしたら、こちらの世界では 1時間よ、あと何かが私たちの地球とは違うはずなの」

 「それで、戻ってくるタイミングはどうなりますか?」

 「お腹が空いたら帰還間近のサイン。自動的に戻ってくるから心配しないで」

 少し緊張しながら、僕は青いボタンを押した。

 瞬間、視界が青白く光り、海の底から浮かび上がる感覚に少しよろめいたが、気がつくと見慣れた自分の部屋にいた。

 しかし、どこかが違う気がした。

 ドアを開けた瞬間、その違和感は確信に変わった。

 「ん?……段差がない?」

 いつもなら部屋から廊下に出るときにある、わずか 1 センチ程の段差が消えていた。

 廊下との境目は完全にフラットだった。

 1 階のリビングに向かおうとすると、そこにも驚きがあった。

 「あるはずの階段が消えている!代わりに緩やかなスロープがある!」

 街に出てみると、歩道と車道の境界線、建物の入口、公共施設の床面、あらゆる場所が完全に平坦になっていた。

 「この地球は、段差がない世界なのか?」

 エスカレーターはあったが、誰もが立ち止まり、当たり前のように手すりにつかまり動かずに立っている。

 そして駅にはスロープ型の動く歩道が整備されていて、さらに緩やかな傾斜とエレベーターによって、高低差をカバーしていた。

 駅のホームに向かう緩やかで長い坂の中間には休憩スペースが設けられ、ベンチやロッカー、売店などが配置されていた。

 「これなら歩く距離が長くても苦にならないかな」 エレベーターも進化していた。

 大型で高速、しかも乗り降り口が前後に分かれている「通り抜け式」だった。

 先に降りる側のドアが開き、乗客が全員降りた後、乗る側のドアが開く。

 出発時は同じ順で扉が閉まり、乗る人と降りる人がすれ違わずに済んだ。

 「これは理にかなっているな!」

 ホームと停車した電車との段差も 2~3 ミリ以下で、車椅子でもそのまま楽に乗り降りできる設計だった。

 「でも驚いた、階段が無い世界なんて自分らの地球じゃありえない」

 電車の中で、隣に座った中年男性に話しかけてみた。

 「この街って、段差がほとんどないですね」

 男性は妙な表情を浮かべて、「あんた、そんなことに驚くのかい?

 段差が 3 ミリ未満は、常識だろうよ?」

 男は首を傾け、眉を大きく歪めながら言い放った。

 「なるほど!完全なバリアフリー社会ですね!」と僕は大声を出してしまった。

 やがて目的地のデパートに到着した。

 そこは 9 階建てながら中間階を含めて 17 層の階層になっていて、エレベーターや外周スロープ、エスカレーターが機能的に組み合わされ立体駐車場みたいで面白いと思った。

 公園を通りかかると、遊具にすら階段はなく、スロープで登るよう設計されていた。

 「ここまで徹底しているのか、遊びだから駆け足で登るのは良いんだよな!」

 「ぐぅ……」

 お腹が鳴り、同時に強烈な空腹感に襲われた。

 「あぁ……時間か……」 次の瞬間、青白い光に包まれ、気づけば元の世界。

 手には例の装置を握っていた。

 「やっぱり、向こうは全然違う世界だった」

 大学の研究室にいる美紀に装置を返しに行く途中、公園の滑り台が気になり、近づくと階段があるのが見えてホッとした。

 同時に子供の頃の懐かしい風を感じ、思わず階段を駆け上がると、「そうそう、これこれ、この筋肉が喜ぶ感じ、いいね!」と一人で笑いながら声を上げた。

 ゆっくりと滑り降りた後、大学に向かい研究室にいる美紀に報告し始めた。

 「すごい体験をしましたよ。あの地球の“階段ゼロ設計”、本当に緻密で誰に対しても移動に優しい世界でした」

 「でも、階段の意味や価値を忘れずにデザインすることが、真のバリアフリー社会へのヒントになるわ」と美紀は小さくうなずきながら優しく話してくれた。

 「はい、そう思います。階段って、移動だけじゃなくて、空間のアクセントにもなりますし、足腰の鍛錬になります」 と僕は力強く話した。

 「その気づきこそ、この実験の目的なのよ、さあ階段のバージョンアップ社会を考えましょう!」

 最後に美紀は目を輝かせながら優しく語った。

  あとがき
 あなたなら、何が無い地球を想像しますか?
 私はもう、次の"無い地球"へ出発の準備を始めています。


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