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最初の一言 〈エッセイ〉

外国の人が、駅の案内板の前で立ち止まっていた。

スマホを見ている。

案内板も見ている。

もう一度、スマホを見る。

それを何度もくり返しているので、たぶん困っているのだろう。

私は少し迷った。

英語は得意ではない。

中国語も、話せるとは言えない。

以前、TOEICを受けたことがある。

点数は、かなり低かった。

自分でも笑ってしまうくらい、英語が得意ではないことが確認できた。

それでも、池袋駅で外国人の親子らしき二人に道を聞かれたことがある。

西武線に乗りたかったらしい。

けれど、その人たちは西口の東武線側にいた。

池袋を知っている人なら分かると思う。

あれを英語で説明するのは、日本人に説明するより難しい。

その時、私の口から出てきた言葉は、ひとつだけだった。

"Let's go together."

正しい英語だったのかは、分からない。

けれど、二人はついてきてくれた。

私は何度も後ろを確認しながら、西武線の改札まで歩いた。

最後は、知っている単語とジェスチャーだけで、なんとか電車を伝えた。

二人は何度もお辞儀をして、何度も手を振ってくれた。

英語ができなくても、役に立てることはあるらしい。

今なら、AI翻訳を使えばいい。

乗り換え。

料金。

出口。

何番線に乗るのか。

どこで降りるのか。

こういう説明は、無理に片言で伝えるより、AIに助けてもらった方が安全だと思う。

食事なら、なおさらだ。

アレルギー。

宗教上、食べられないもの。

体調が悪い時の説明。

薬や病院に関わること。

間違えてはいけないことは、雰囲気で済ませてはいけない。

だから、詳しい説明はAIに任せていい。

むしろ、その方が相手のためになることもある。

でも、最初の一言までAIに渡してしまうのは、何かが少し違う気がする。

細かい意味は、AIが届けてくれる。

けれど、近づこうとする気持ちまでは、翻訳してくれない。

案内板の前の人は、まだスマホと案内板を見比べている。

英語は、相変わらず得意ではない。

(でも、最初の一言だけなら)

私は歩き出した。


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