【借金3000万男の記録】38
第38話 亡くなってから、教えられたこと
母を見送るための準備が、始まりました。
通夜、告別式。やらなければならないことは、山のようにありました。でも、正直、何から手をつければいいのか、まったく分かりませんでした。
葬儀社との打ち合わせ、親族への連絡、式の段取り。頭では「やらなければ」と分かっていても、体が、思うように動きませんでした。悲しみと、実感の湧かなさと、初めて経験する喪主としての責任。いくつもの感情が入り混じって、僕は、ただ、目の前のことを一つずつこなしていくことしかできませんでした。
不思議だったのは、この期間、これまで疎遠になっていた親戚や、母の知人たちが、次々と手を差し伸べてくれたことでした。
「大変だったね、何か手伝えることある?」
そう声をかけてくれる人が、思っていたよりもずっと多くいました。段取りが分からず戸惑う僕に、経験のある親族が、さりげなく手順を教えてくれたり。母がどれだけ多くの人に、大切にされていたのか、この時、初めて知ることになりました。
母が亡くなってから、色んなことに気づかされました。
生きている間には、当たり前すぎて、見えていなかったこと。母がどれだけ多くの人と、丁寧に関係を築いてきたか。困った時に、それがどれだけの支えになるか。人間関係というものの重みを、僕は、母の死を通して、改めて教えられた気がしました。
これまでの僕は、数字だけを追いかけて孤独になった時期もありました。人を大切にすることの意味を、頭では分かっていても、本当の意味では理解できていなかったのかもしれません。
母が最後に、身をもって教えてくれたこと。
それは、お金では買えないものの大切さだったのかもしれません。
亡くなってからでも、教えてもらえることがある。それを、この時期、痛感していました。
告別式が終わり、少しずつ、日常が戻ってこようとしていました。悲しみは、簡単には癒えるものではありません。それでも、いつまでも立ち止まっているわけにはいきません。母を見送った以上、前を向いて生きていくことも、母への恩返しの一つだと、自分に言い聞かせていました。
でも、現実は、そう簡単に僕を休ませてはくれませんでした。
告別式が終わって、数日後。
残っていた借金2000万円に、さらに、1000万円が積み重なる出来事が、僕を待ち受けていました。
母を見送ったばかりの、心の整理もついていないこのタイミングで、その出来事は、まるで追い打ちをかけるように、やってきたんです。
次回は、この出来事について、詳しく書いていこうと思います。「3000万」という、この記録のタイトルにある数字に、いよいよたどり着くことになります。
