【借金3000万男の記録】
第8話 たまに会える日々、そして転職
元嫁の実家とのやり取りは、簡単ではありませんでした。
もともと良好とは言えない関係だった上に、元嫁が蒸発するという想定外の事態です。感情的にぶつかりそうになったことも、一度や二度ではありません。それでも、子供のためだと自分に言い聞かせて、できるだけ冷静にやり取りを続けました。
結果として、少しずつですが、子供に会えるようになりました。
毎週とか、決まった頻度で、というわけではありません。「たまに」という表現が一番しっくりきます。向こうの都合、子供の予定、いろいろな条件が重なった時にだけ、会える。そんな不安定な形での再開でした。
それでも、僕にとっては大きな一歩でした。
久しぶりに子供の顔を見た時のことは、今でもよく覚えています。何を話せばいいのか分からず、最初はぎこちない時間でした。会えない間に、子供は少し大きくなっていて、その事実だけで胸が締め付けられました。当たり前に一緒にいられたはずの時間を、自分は失っていたんだと、改めて実感させられました。
会える頻度が不安定だからこそ、一回一回の時間が、以前よりずっと重く、大切なものになりました。
正直、たまにしか会えないという状況に、納得しているわけではありません。本当はもっと当たり前に会いたい。一緒に過ごす時間を積み重ねたい。そういう気持ちは、今もずっとあります。
それでも、まったく会えなかった時期を経験したからこそ、「たまに会える」ということが、どれだけありがたいことかを痛感するようになりました。
不思議なことに、この時期を境に、借金返済に対する僕の気持ちにも変化が生まれました。
これまでは、「早く楽になりたい」「早くこの重荷から逃れたい」という、自分のための返済でした。でも、子供に会えるようになってから、少しずつ違う感情が芽生えてきたんです。
いつか、子供に胸を張って会える自分でいたい。
借金を抱えたまま、情けない姿を見せたくない。子供が大きくなった時に、「お父さんはちゃんと責任を果たした人間だ」と思ってもらえるような自分でいたい。そんな思いが、返済を続けるモチベーションの、新しい軸になっていきました。
この気持ちの変化は、働き方そのものにも影響してきました。
それまでの僕は、とにかく体力を使う仕事で、時間をかけた分だけ稼ぐというスタイルでした。休みなく働き続けることで、なんとか数字を戻してきました。でも、子供とたまに会えるようになったことで、初めて「会える日には、ちゃんと時間を空けたい」という感覚が生まれたんです。
体力任せの働き方では、それができませんでした。
シフトや現場の都合に振り回され、「子供に会える日」よりも「仕事が入っている日」が優先されてしまう。それに、この先ずっと同じペースで体を酷使し続けられるとも思えませんでした。
このままではダメだ。
そう感じ始めたころ、僕は営業職への転職を決めました。
正直、まったく畑違いの世界でした。それまで人と話すことを仕事にした経験もなく、営業という仕事に対して漠然とした不安もありました。それでも、「自分の頑張り次第で収入が伸びる」という点、そして体力仕事よりは、ある程度自分で時間をコントロールできそうだという点に、可能性を感じました。
面接を受け、なんとか採用が決まった時は、正直ほっとしたのを覚えています。同時に、「ここからまた一から」という緊張感もありました。借金の返済も、子供との関係も、まだ何も解決していない。ただ、働き方を変えることで、少しでも状況を良くしたい。そんな思いで、新しい一歩を踏み出しました。
次回は、営業職として働き始めてからの試行錯誤、そしてそこで見えてきた変化について書こうと思います。
