これっきりですか? アマノ文筆クラブ
「これっきりですか?!」
夕方の商店街に女の声が響いた。
「おくさん、そう言われてもねぇ」
困ったように男が答えた。
『群馬産キャベツ 150円』
『宮崎産きゅうり 3本180円』
などと書かれた段ボールの切れ端が並んでいる。
キャベツの横には、赤いマジックで大きく『おいしいヨ!』と書かれた段ボールも置いてある。
「うちには、寝たきりの年老いた母とお腹を空かせた子供が待っているんです!」
女は畳み掛けるように男に詰め寄った。
「そんなこと言われても、うちも商売ですからねぇ」
店主の男は、そう言って女の姿を見た。
ひっつめ髪で、化粧っ気もなく、古びたトレーナーとスカート。
少しほつれた買い物カゴを持っている。
正直に言うと、生活に余裕があるようには見えない。
「これ以上、おまけはちょっと。それにおくさん、あんた、人参3本しか買ってないじゃないか」
「それはそうですが、もう少しおまけしてもらえませんか。うちには働かない酒飲みの夫と…」
「わかった、わかった。ちょっと待ってなさい」
店主は女の言葉を遮って、店の奥から少し萎びたナスと小松菜を持ってきた。
「売れ残りだから少し古いけど、これでいいかい?」
「ありがとうございます!」
女は深くお辞儀をして、店から出て行った。
「あんたねぇ、いい加減にしとかないと、後が大変だよ」
「そうは言ってもさ、あんまり無碍にもできないだろうよ」
「あたしゃ、知らないよ」
「うちのカーチャンはこええなぁ」
そう話しながら、店主は女の姿をなんとなく目で追っていた。
女は八百屋を出ると、商店街から外れ、一軒の民家に入っていった。
「ただいま」
「おう、どうだったか」
寝そべっている男が答えた。
「今日は、あんまりダメね。昨日の方がよかったわ」
女が答えた。
「俺の方は魚屋の奥さんから、刺身をもらえたぞ」
「そう。やっぱり、貧しそうに見えるより、裕福に見える方がいいのかしら」
「そうかもしれないな」
高そうな生地のスーツを着ている男が起き上がりながら答えた。
「じゃあ、今日の結果を記録しておこう」
男はそう言うと、ちゃぶ台の上の端末を手に取った。
「地球人は貧しい人よりも、裕福な人間にやさしい、っと」
「あと、美男美女の顔で行ったときも反応が良かったわよ」
「そうそう、それも記録しておかないとな」
男と女の顔はいつの間にか、灰色ののっぺりとした顔になっていた。
釣り上がった黒い目が、光を反射していた。
「地球人との交渉って難しいなぁ」
「そうかしら。中身を調べなくていいんだから、簡単じゃない」
男はしばらく黙ってから、うなずいた。
「次に来る連中には、ファッション誌を一冊持たせよう」
下記企画に参加させていただきました。
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