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あまり陽の当たらない「アメリカンネオアコ」の大家、Pernice Brothersで感じる春の陽射し。

「ネオアコ(neo acoustic)」というジャンル名は日本固有のもので、海外ではトゥイーポップ(twee pop)という呼び名が一般的だそうだ。「twee」というのは「気取った」「澄ました」という意味である。

ネオアコは、バンド編成スタイルで奏でられるアコースティックサウンド主体のギターロックで、サウンドはソフトでメロディアス、キャッチーで爽やか。メッセージは若干内向き、というかエヴァーグリーンな自己内省が特徴。
ガワだけ聴いている分にはポップで入門しやすい音楽だが、元々ポストパンクからの派生で登場したジャンルなので、「成熟の拒否」という強烈な反骨精神が内包されている。「大人になんかなってたまるかよ」「ずっと子供のまま生きていきたい」というピーターパン症候群とパンクマインドの悪魔合体である。

ネオアコは1980年代初頭のスコットランドで誕生し、第一世代のアズテック・カメラ、ヴァセリンズ、ザ・パステルズといったバンドから、後に続いたティーンエイジ・ファンクラブ、さらに孫世代のベル・アンド・セバスチャンまで連綿と受け継がれてきた同国ロックシーンの中核ジャンルである。同時代にイギリスのマンチェスターから登場したザ・スミスもネオアコに分類されることがある。
ネオアコは80年代後半から90年代初頭に本国スコットランド、およびイギリスと日本においてムーブメントに近い人気を博した。例えば日本ではネオアコサウンドフォロワーだったフリッパーズ・ギターが一時代を築いた。
反面、セックスドラッグロックンロールよろしくな昔気質のロックファンからは「軟弱」と取られかねないスウィートな音楽スタイルだったが故に、マッチョイズムがベースにあるようなアメリカでは群れをなす程のフォロワーやシーンを形成するまでには至らなかった。

そんなアメリカにあって、1990年代末期から現在まで孤軍奮闘を続けているネオアコ/ギターポップバンドがパーニス・ブラザーズ(Pernice Brothers)である。

パーニス・ブラザーズは1998年に実の兄弟である兄ジョー・パーニスと弟ボブ・パーニスを中心にボストンで結成された。
1998年にSub popよりアルバム『Overcome by Happiness』をリリース。
このデビューアルバムがとにかく凄まじい完成度で、ネオアコ/ギターポップアルバムの傑作として知られている。

Crestfallen(1998) / Pernice Brothers

Overcome By Happiness(1998) / Pernice Brothers

Clear Spot(1998) / Pernice Brothers

All I Know(1998) / Pernice Brothers


作曲家が才能の貯金を全部使い果たすがごとく、極上のメロディが惜しみなく詰め込まれたアルバム。なんとも贅沢。

インタビューなどを見ているとジョー・パーニス自身がネオアコやトゥイーポップ的なサウンドに自覚的な感じはあまり無くて、彼らのサウンドはあくまでバート・バカラックやジミー・ウェッブ、ザ・バーズといったアメリカの偉大なソングライターたちの影響下で生み出されているものである。どちらかと言えばジョー・パーニスの前身バンドScud Mountain Boys(スカッド・マウンテン・ボーイズ)の延長線上にあるオルタナカントリーとしてジャンル分けする方が本人たち的にも妥当な論評なのかな、とも思う。まあオルカン自体の定義も曖昧なのだが。
加えてパーニス・ブラザーズのサウンドはジョーの歌声がスモーキーなこともあってか、純粋培養の英国ネオアコ勢のサウンドよりもちょっと男臭さを感じる。土っぽいというかトラッドっぽいというか。シューゲイズ的なドリーミーな感じでは無くて、もっと意志があってクリアな感じ。
黙って「ギターポップ」が一番しっくり来るかも。色々喋ったのに結局。
もちろん時代の前後関係的に英国のネオアコからの影響はふんだんにあるだろうとは思う。ジョーはティーンエイジ・ファンクラブのノーマン・ブレイクとユニット組んでアルバム出したりもしてたし。

『Overcome by Happiness(1998)』はカート・コバーン急逝後のグランジブーム終焉で影が薄くなりつつあったSup Popにとっても「こんなのも出すんだサブポップ!」と新たな方向性を世に示したエポックメイキングな作品だった。この戦略が後のフリート・フォクシーズまで繋がるのである。

パーニス・ブラザーズは1st以降全てのアルバムを自主レーベルAshmontよりリリースするようになり、以降のアルバムも軒並み素晴らしい出来なのだが、彼らがチャートアクションを起こすのは本国アメリカではなく専ら英国のインディーシーンであった。

Working Girls(2001) / Pernice Brothers

7:30(2001) / Pernice Brothers

Endless Supply(2001) / Pernice Brothers

The Weakest Shade of Blue(2003) / Pernice Brothers


もしパーニス兄弟が英国で生まれていたらベルセバと同等に語られていたかもしれないと想像すると、ちょっと生まれる場所を間違えた感じもある。個人的な評価だったらメロディメイカーとしてスチュアート・マードックよりもジョー・パーニスの方が断然レベルが高いと思う。

パーニス・ブラザーズのように「アメリカ生まれなのにアメリカ本国よりもイギリスや日本にファンを多く抱えるミュージシャン」というのは、モダンジャズの時代からたびたび散見されていて、この掴みどころの難しい捻れた存在感が、新規層が手を出しづらい原因になっている気がする。以前紹介したデューク・ジョーダンなんかもその筆頭だろう。
自分も含め、海外での人気の度合いが評価の基準にある日本の音楽リスナーにとっては特に「アメリカとイギリスで評価が割れている」音楽というのは、リスナー自身の純粋な審美眼が試されるので聴く方もちょっと面倒だったりする。専門家じゃあるまいし、好きなものを好きと堂々と言えるほどみんな自分の好みに自信があるわけではない。「ジョン・ピールが良いって言ってた」とか、そういう外的なエビデンスが自分の審美眼を担保してくれたりするものである。

「パーニス・ブラザーズ、俺ずっと好きなんだけどいまいちみんな騒いでないんだよなー」みたいな昔からのファンにも、今回初めて聴いてみて「イイかも!」と思ってくれた新たなリスナーにも、ジョン・ピールでも渋谷陽一でもない私が「いいよ!君正解!君センス良いね!」と太鼓判を押すので、堂々とパーニス・ブラザーズの音楽とともに、暖かな春の陽射しと新緑の風を感じてほしいのである。

何者でもない私のお墨付きを信じるか信じないかよりも、まずはあなたの直感の方を信じてみてください。そっちの方がよっぽど正しいです。

Sometimes I Remember(2003) / Pernice Brothers

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