高市政権の「円安」は戦略か、それとも自爆か。——誰が勝っている経済なのかを問え
by Mina Eureka / Genesis Vault
正直に言おう。最近の日本経済のニュースを追っていると、頭の中に一つの問いが繰り返し浮かぶ。
「これ、誰のための経済政策なんだろう」
高市政権が発足して以来、円安が続いている。積極財政、金融緩和継続、大型補正予算——「責任ある積極財政」というスローガンのもとで、政策がどんどん打ち出されている。支持率は高い。衆院選でも圧勝した。国民は熱狂している。
だけど、マーケットは冷静だ。そしてマーケットは正直だ。
今日はこの「高市円安」の構造を、できるだけフラットに、そして鋭く解剖していきたいと思う。
円安は「誘導」なのか、「結果」なのか
まず誤解を解いておきたい。
高市政権が「意図的に円安に誘導している」かというと、厳密には少し違う。正確には、積極財政という政策の副作用として円安が起きているというのが実態だ。
財政支出を大規模に拡大すると何が起きるか。需要が過熱する。インフレ期待が高まる。財政悪化への懸念が市場に広がる。その結果、円が売られる。ドルが買われる。円安が進む。これは教科書通りの因果連鎖だ。
海外の投機筋はこれを読んだ。「株買い・円売り・債券売り」——いわゆる「高市トレード」と呼ばれる動きが、政権発足直後から盛んになった。日経平均は一時5万円を超えた。円は一時159円台まで下落した。
これは意図的な政策ではない。だが、意図していなくても結果責任は発生する。そしてここが問題の核心だ。
「外為特会はホクホク」発言の衝撃
高市首相が衆院選の最中に放ったこの言葉を、私はずっと引っかかっている。
外為特会——外国為替資金特別会計——とは、政府が為替介入のために積み上げてきた外貨建て資産の塊だ。円安が進めば、ドル建てで持っているこの資産の「帳簿上の評価額」が円換算で膨らむ。だから「ホクホク」だ、と。
これは何を意味するか。
政府自身が円安から利益を得る構造を、首相が公言したということだ。
これをメディアや市場は「円安容認発言」として受け取った。そして実際に、その発言のあとさらに円安が進んだ。言葉が為替を動かした。これは単なる失言ではなく、ある種のシグナリングとして機能した。意図したかどうかはわからない。だが機能した事実は残る。
最大の矛盾——物価対策が物価を押し上げる
ここで経済の皮肉な構造が顔を出す。
高市政権の総合経済対策の「第一の柱」は物価高対策だ。電気・ガス料金の支援、子ども1人当たり2万円の給付——国民の生活コストを下げるための施策が並んでいる。
だが、その財政支出を支えるための積極財政が、円安を引き起こす。円安は輸入コストを押し上げる。食料品も、エネルギーも、あらゆる輸入品が値上がりする。
つまり、物価高を抑えるための政策が、物価高を助長している。
これはもはやパラドックスを超えて、自己矛盾だ。片手で消火しながら、もう片手で燃料を撒いている絵に見えてしまう。
財政支出を拡大すれば実質政府債務残高が増える。ある分析によれば、実質政府債務残高が1%増加すると、1年後に実質実効為替レートが約0.9%円安になるという試算もある。数字は地味だが、積み重なれば巨大な圧力になる。
アメリカは「甘くない」という直感について
日本の円安がアメリカにとって都合がいいかというと、そんな単純な話ではない。
円安が進めば、アメリカではドル高が進む。ドル高は米国の輸出産業を痛める。長期金利の上昇圧力にもなる。これはトランプ政権が推進しようとしている「雇用回復」路線の逆風だ。
だからトランプ政権は日本の円安と債券安を警戒している。そして高市政権の経済政策に対してすでに懸念を強めている可能性が高い。
日本は「円安で儲かっている」と思っているかもしれないが、アメリカからすると「迷惑な円安」に映っている部分もある。国際政治は損得勘定で動く。「アメリカが許してくれる」という甘い前提は、すでに崩れているかもしれない。
長期金利という時限爆弾
もう一つ、見過ごせない問題がある。長期金利の上昇だ。
日銀は30年ぶりとなる0.75%まで政策金利を引き上げた。市場では2026年中に1.25%への追加利上げも意識されている。これに伴い、10年物国債の流通利回りはすでに2%台後半まで上昇している。
これが何を意味するか。
国が借金の利払いに使うコストが激増する、ということだ。2026年度予算では利払い費がすでに13兆円を超えて過去最大を更新した。さらに試算によれば、今後金利が1%上昇した水準が10年続けば、2034年度には利払い費が34兆円を超える。これは現在の消費税収とほぼ同じ額だ。
借金の利息を払うために、新しい借金を積み上げる。これを「責任ある積極財政」と呼んでいいのか、私は正直、言葉に詰まる。
「政府が投機家になっている」という直感の鋭さ
今回、この話を誰かとしていて、こういう言葉が出てきた。「政府自体がもう投機家になってるんじゃないか」と。
私はこれを聞いたとき、正直うなった。
財政拡張で市場を動かし、外為特会の評価益を享受し、株価を押し上げながら「経済を良くしている」と演じる——これは確かに、一種のポジション取りに見えなくもない。
もちろん政府は「国民のため」に動いていると言うだろう。それを否定する気はない。だが、政策の受益者が誰かを冷静に見てみると、話は複雑になる。
円安で得をするのは、輸出企業と、外貨建て資産を持つ人間だ。庶民の食卓は逆に痛む。物価が上がり、実質賃金は下がる。給付金2万円は一時しのぎに過ぎない。
積極財政が「成長投資」として機能するなら未来がある。だが政府による投資は、往々にして非効率で無駄が多く、企業の政府依存を高め、むしろイノベーションを阻害するという批判も根強い。
経済を良くするのではなく、経済を動かすことが目的化している——そう見えてしまうのは、穿ちすぎだろうか。
「トラスショック」という悪夢のシナリオ
最悪の場合、何が起きるか。
2022年秋、イギリスでトラス政権が大規模減税と財政拡張を発表したとたん、市場がパニックに陥った。ポンドが急落し、国債が暴落し、年金基金が危機に瀕した。トラス政権はわずか45日で崩壊した。これが「トラスショック」だ。
日本でも、積極財政路線が続けば「円安・債券安・株安」のトリプル安、いわゆる「日本売り」が現実のリスクとして語られ始めている。
ある試算では、現行の拡大的財政政策が継続すれば、ドル円相場は200円を超える可能性もあるという。200円という数字は、もはや「円安メリット」などという話ではない。それは通貨の信任崩壊に片足を踏み入れた世界だ。
それでも、なぜ支持率は高いのか
ここが一番難しい問いだ。
高市内閣の支持率は発足以来70%超を維持している。「人柄が信頼できる」「指導力がある」——国民はそう評価している。
なぜか。
おそらく、見えているものと、見えていないものの非対称性があるからだ。給付金は目に見える。電気代の補助は財布に実感できる。だが、10年後の利払い費の爆増は見えない。円安が引き起こす食料品の値上がりは、「政策のせい」とは気づかれにくい。
人間は近くのものを大きく見て、遠くのものを小さく見る。これは認知の構造であって、誰かを責める話ではない。だが、その構造を政治が利用するとき、それは責任ある統治とは言えない。
マルクス・アウレリウスは言った。「宇宙は変化し、人生は主観で決まる」と。だとすれば、主観を作る情報環境そのものを問い直すことが、この時代の市民に求められている知性だと思う。
最後に——「誰が勝っているか」を問い続けよ
来た、見た、勝った——"Veni, vidi, vici"。
だが今の日本経済の文脈でこの言葉を使うとすれば、問うべきは「誰が来て、誰が見て、誰が勝っているか」だ。
積極財政の名のもとで財政が膨らむ。円安が進む。株が上がる。外為特会の帳簿が膨らむ。その恩恵を受けるのは誰で、そのツケを払うのは誰か。
日本経済が良くなるかどうかは、政策の「意図」ではなく「構造」で決まる。構造を見れば、今の路線が誰かの利益のために設計されているように見えてしまう部分は、決して否定できない。
「ひらめきを真剣に生きる」——私のテーマはそれだ。ひらめきとは、見たいものだけを見ないことから生まれる。経済の話も、政治の話も、表面の言葉ではなく、その奥にある構造と受益者を見ることから始めたい。
日本は良くなれるか。なれると思いたい。だが今の路線のままでは、良くなるより先に、誰かが勝ち逃げする可能性の方が高いと、私は静かに、しかし真剣に、懸念している。
Mina Eureka / Genesis Vault
「ひらめきを真剣に生きる」
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