亀田興毅×LUSH「ボクシング虚業」破綻論 他力本願バブルの致命的欠陥
元世界王者の亀田興毅が手掛けていたプロボクシング興行シリーズ「SAIKOULUSH」は、資金を全面的に拠出していた株式会社LUSHのボクシング事業からの全面撤退と、亀田プロモーションとの提携解消によって、あえなく「空中分解」へと至った。4月、5月の相次ぐキルギス大会中止に続き、6月6日の愛知興行直前に露呈した資金ショートによる失態は世間に衝撃ニュースとなっていたが、日本のボクシング業界を冷徹に見つめてきた者なら、決して驚くべきことではなかった。これまで亀田が突き進んできた「収支を無視した話題性重視」のツケが、当然の帰結として表れたに過ぎないからだ。
そのセカンドキャリアを見れば、常に「身の丈に合わない大きなこと」を言うことから始まっていた。「ファイトマネー倍増計画」など、世間の耳目を集めることで興行を膨らませていくスタイル。営業力や採算性という「算数」を無視し、他人の財布をアテにして起こした手法は、配信局や出資者の財布の紐が締まった瞬間にあっけなく終わる。そして、まともなビジネスマンなら警戒して組まないような怪しい相手とも組んで、そのリスクヘッジもしなかったことが、今回の問題の引き金になった。結局、話題を作る「プロデューサー」としての才能はあっても、予算を厳格に管理し、リスクを排除して堅実に選手に活躍の場を与える「プロモーター」としてのスキルは乏しいままだった。LUSHが撤退後も、ABEMAの藤田晋社長による「男気」という他力本願な救済措置がないと興行を維持できない現状は、それを残酷に証明した。

思えば、亀田が弟の大毅と現役だった時代は、地上波テレビ局のTBSが巨額の放映権料を支払い、ゴールデンタイムで生中継することで成り立っていた。亀田は試合前に派手なパフォーマンスで話題性を振りまいていればよく、ときにファンの心理を逆なでするような言動やマッチメイクさえも、「アンチ」という形の見物客を増やして視聴率に貢献、「嫌われているスター」という特異な価値を持っていた。この現役時代の異質な大成功体験こそが、その後のプロモーターとしての致命的な失敗を招いた諸悪の根源ではないか、と思わずにはいられない。
現役時代の亀田も、「他人の財布(テレビ局の巨額な予算)」の上で、「世間の関心」さえ起こせば、中身の品質など二の次でよかった。ひどい対戦相手や姑息に決めた王座決定戦など、どれだけ歪んでいようとも、ビジネスとして強引に成立してしまうバブルの中にいた。視聴率さえ取れば札束が降ってきた狂乱の記憶が、「話題性さえあれば成功する」という錯覚を植え付けてしまった、そうとしか思えないほど一貫している。
だから、自分が財布を管理し、リスクを背負う「興行師(プロモーター)」側に回ると、途端に弱点を露呈した。21年に独自の興行ブランド「3150FIGHT」を立ち上げたが、リング上では「JBC管轄外」として、お笑い芸人とプロレスラーのエキシビションマッチを行なっていた。まさに「中身よりも話題性」を追う姿勢のまま、肝心の本戦は、ヘビー級新人の但馬ブランドンミツロと、刑事事件で行き場のなかった元世界王者の宮崎亮を主要カードに据えるという、歪なスタートだった。その後もライセンスを持たない格闘家をリングに上げる業界ルール違反で、JBCから厳重注意処分を受けていた。

22年、大晦日のRIZINでYoutuberのシバターが八百長騒動が持ち上がると、すかさず「3150にも上がって」と呼びかけていた亀田。こういうイロモノ路線に躊躇がないのは、「集客さえできれば、ボクシング界がどう見られようが構わない」という、亀田の競技に対する愛情の希薄さを物語っていた。さすがにその路線では持続的な商売ができないと悟ると、亀田は一転して現役ボクサーたちへのリクルート活動に乗り出す。そこで打ち出したのが、あの「ファイトマネー倍増計画」という強烈なプロパガンダだった。しかし、それはまったくの見せかけ。すぐに化けの皮が剥がれたから、以降はその話を売りにしなくなった。こうした虚飾の手法が次々に問題を引き起こし、果てに興行中止危機にまで至ったのである。
元世界王者としてはかなり高い知名度を持つ亀田が、なぜここまで失敗を重ねたのか。「空中分解」の舞台裏では、一体何が起きていたのか。LUSHの不透明なビジネススキーム、外国人選手の招聘失敗を巡る不可解な公式発表、ファイトマネー遅延、コミッションへと駆け込んでいた選手たち…誰も報じない「虚業プロモーション」の深層に入ろう。
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