予想もしないすれ違い by 高見邦雄(GEN副代表)
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スモモの果樹園づくりに協力している大探口村は、山裾の傾斜地にある200戸ほどの村です。村の人たち数人と食卓を囲んだ私は、自分の生い立ちを簡単に話しました。より親しくなりたかったからです。ところが、返ってきた反応は私の意に反して……。
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河北省張家口市蔚県における2025年の緑化協力は、宋家庄鎮大探口村でスモモの果樹園を建設することにしています。計画を煮詰めるために、私は2025年4月に村を訪れました。
数人の村の人たちといっしょに食事をしたときのことです。少しアルコールもはいっていました。
少しでも親しくなりたいと思って、私は自分のことを話しました。けっして豊かとはいえない農家の出身であることを。
私は鳥取県西伯郡大山町の農家で生まれ育ちました。大山のふもとで、日本海まで 700mほど、海にも山にも近いのです。ということは、平地が少ないということで、田畑あわせて7反歩(70a)ほどしかありませんでした。それが6か所に散らばり、いちばん遠い田は家から3kmもありました。
(いまネットで調べると、経営農家1戸あたりの耕地面積は全国平均で1.8ha=180aだそうですから、小さいほうであったのはまちがいないでしょう。)
祖父母、父母、私たち兄妹4人の8人家族でした。いや、下の妹が生まれるちょっと前に祖父は亡くなったので、正しくは7人家族。農家ですので米はありましたし、海から山からいろんなさちを採取して、食べるものに困ることはなかったのです。
でも現金収入が不足していました。学級費を学校にもっていく日の朝は、母親が近所にお金を借りに走っていました。
父親は農業のかたわら、馬車引きをしていました。主な仕事は、大山山麓でアカマツなどを伐りだし、その材にクサビでチェーンをつなぎ、馬に引かせて馬車まで運ぶ、ドウビキと呼んでいましたね。それを馬車に積み込んで、鉄道の貨物駅や、トラックの入れる広めの道路まで運び出します。主として製紙用のパルプ材になっていたと思います。
まだチェーンソーの普及していない時代で、大ぶりの手引きノコで伐りだします。松やにで切れなくなると、灯油を使ってやにをとかします。太い材を一人で馬車に積み込むのもたいへんな作業で、とにかく苛酷な労働です。
馬のエサにするために、毎朝早く草刈りにでかけます。田畑のあぜや山のへりで刈って持ち帰ります。風邪を引いたり、体調を崩したりしても、牛馬の命がかかっていますから、休むことはできません。
7反歩というのは、中国の面積単位でいえばほぼ10ムー(畝)です。1ムー=6.7a、15ムー=1ha。8人家族で10ムー、と話しました。
返ってきた反応は、私の予想とはまったくべつのものでした。えーっ、8人家族で10ムーもあったのか、というのです。さらに、馬までもっていたのか!と言われました。よほどの豪農じゃないか、と言わんばかり。
ふだんなら、じゃあ、あなたたちはどうなんだ?と問い返すのに、びっくりした拍子にそれができませんでした。気になって、あとで問い合わせると、1戸あたりだいたい2ムーとの答え。13.3aです。
ずっと以前、大同の1つの郷で、農村の基本状況を調べたことがあります。11の村があり、多い村は1戸あたり173a、少ない村は47a、平均で102.7aでした。それに比べて大探口村がずっと少ないのは、以前の郷が黄土丘陵にあったのにたいし、大探口村が山裾にあるという地形的な差が大きいのでしょう。

話をもとに戻して、大探口村の1戸あたり2ムーの耕地は、私の実家の5分の1ですからね。降水量、土地の肥沃度を考慮すると、差はずっと大きい。
にもかかわらず、この村を訪れた印象は、ゆったりしてる、というもの。大同の農村を1990年代に訪れたときとはまったくちがいます。8月のスタディツアーがこの村で果樹園の補植作業と交流活動に参加するんですけど、どういう印象をもたれるでしょうか。

緑の地球ネットワークの総会記念講演を、厳善平先生(同志社大学大学院教授)にお願いし、テーマは「農村からみる現代中国」、中国の農村を語らせるには、この人でしょう。ぜひご参加ください。(同講演は2025年6月14日実施されました)
