【げんまいのまんま。】二軸になってた、夢の話。
気づけば二軸になってしまった、そんな夢の話。
今日は甲本ヒロトさんの言葉からどうぞ。
若い頃、なんかつかまれてそっちに向かって行く時に『バンドがやりたい』と思った。
それが夢なんだと思った。
僕は10代の頃、バンドを始めた瞬間にもう叶ってるんです。
そして、今もやってるから、ずっと叶ってるんです。
ずっとこのままでいいんです。
なんだかハッとさせられる言葉ですよね。
甲本さんは「バンドがやりたかった」。
甲本さんにとって、
「バンドで有名になる」とか、
「バンドで金持ちになる」とか、
もう一つの夢は、さして重要なことではなかったのかもしれません。
自分自身に当てはめて考えてみると、
僕は小さい頃から表現することが好きだったんです。
歌を唄ったり、詩を書いたり、絵を描いたり。
それは僕の好きなことであり、
誰かに頼まれずとも勝手にやってたこと。
でもいつしかそこに、
売れたい
有名になりたい
っていう別の軸が入ってきた。
「他人軸の夢」が入ってきたわけです。
テレビをつければキラキラ輝いて見えるスターがいて、憧れを抱きます。
ああ、自分もあんなふうに活躍したいなって。
年を重ねるにつれて、
「評価」であったり「仕事」であったり「お金」であったりと、
ますます「他人軸」というものに影響を受けていく。
夢を叶えるにも、「現実は厳しい」と教え込まれていく。
いつしか「表現したい」という純粋な夢が、
ミュージシャンとして食べていくためには売れなくてはいけない
ずっと音楽と携わっていくためには結果を出さなくてはいけない
といった義務感へと変わっていく。
すると、なんかおかしいんですね。
なんかモヤモヤする。
楽しくなくなっていく。
そして「結果が出ていない自分=ダメ」となってしまう。
表現する「資格」を自ら剥奪するんです。
いつしか表現することが「恐れ」に変わってしまう。
数年前のことですが、
地方で夫婦バンドをやっている夫妻とオンラインでお話をする機会があったんです。
彼らの音楽は独創的で、今まで聞いたことがないようなもので、
万人ウケするかというと疑問符がつくような音楽なんですね。
でも彼らの言葉に僕はハッとさせられました。
「なんで売れなきゃいけないんですか?
音楽が好きならやればいいじゃないですか。」
数年前の言葉なのに、今でも胸がえぐられるような思いになります。
話を戻します。
僕らの夢はなんでしょうか?
原点にある、純粋な夢はなんなのでしょうか?
僕は表現したい、表現することが好き。
これが夢だったはず。
そしてこの夢は今この瞬間も叶え続けることができる。
これで良しとできないのは、散々「他人軸」に染まってしまっているからなのでしょう。
テレビやYouTubeなどのメディアの台頭で世界中の情報を瞬時に取り入れられるようになった時代の恩恵の背後に、
常に「他人軸」にさらされている
という陰もまた見るものです。
純粋な「表現する喜び」の後に、
「とはいっても」という現実がつきまとう。
だけど、「こんな社会だからダメなんだ」と責めていてもむなしくなるでしょ。
それならいっそう、原点の喜びに何度も立ち返って表現し続けようじゃないかって。
他人の評価が気になっちゃう自分もかわいいねって受け入れながら、
表現したいという純粋な夢を叶え続けようやって。
原点の喜びだけは忘れたくない。
noteはまさにnoterさんにとっての表現の場。
この場にももちろん「他人軸の評価」はあるものの、自分が表現することの喜びは、あってほしい。
その純粋な喜びは奪えないもの、奪っちゃいけないもの、だと思うんです。
猛暑の夏のように熱くなってしまいましたが、noteが皆様にとっても僕にとっても、
「原点の喜びが満たされる表現の場」
であることを願いながら、言葉を締めさせていただきます。
夢はある。
そしてその夢は今すぐ叶えることができる。
純粋な夢を叶えてあげましょう😊。
熱苦しい文をここまで読んでくださり感無量です。
今日もステキな一日でありますように☺️。
いいなと思ったら応援しよう!
愛をありがとうございます🥹
いただいた応援は、また誰かの心が『ほかほか』になるような言葉を炊き上げるため、大切に使わせていただきます🌾