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押し入れの中のくま。 

僕はくま。
ポコン山の森で生まれて、ヘビ川のほとりにある洞窟の中でママぐまに育てられた。
パパぐまは、僕が生まれる前に、人間の里に食べ物を探しに行ってからずっと、今も帰ってこない。

ママぐまは、人間の里は、とても怖いところだから、けっして近づいてはいけないよ。と、いつも、僕に教えてくれる。

僕はその言いつけをちゃんと守っていたんだけれど、ある日、真っ白なちょうちょを追いかけて、ヘビ川の下降まで、降りていったんだ。

そこを見上げると遊歩道という、人間が作った道があって、遊歩道沿いに、つり橋がかかっていた。

そのつり橋にヒトがいた。
多分、ヒト。見るのは初めてだ。
黒いパンツに黒いブーツ。
上着は、ベージュ色のブルゾンを着ていた。
もちろん、僕は、色の概念も服装の名前も知らないけど、その理由は、後で教えてあげるね。

そのヒトは、黒のショルダーバッグを斜めにかけて、黄色の水筒を反対側にかけて、胸と背中の前でバッテンが作られていた。

ベージュのチューリップハットをま深くかぶって、顔は見えなかったけど、高い吊り橋の上から、身を乗り出していた。

あっ、危ない。

吊り橋が大きく揺れたと思うと、そのヒトは、まっすぐ落ちてきた。

僕は、どうしてだかわからないけど、その方向に一目散に駆け出してしまった。

私は、25歳の女子。
一浪して一留して、ブラック企業に就職して1年。
心の拠り所だった、彼氏にフラれたのは先週。

何もやる気がなくて、食欲もなくて、もうどうでもいいわ。と投げやりな気持ちだった。
死に場所を求めて、バスに揺られて山奥の終点で降りて、ふらふらになりながら歩いていた。

森の中に入って、そこで死んじゃおうかと思ったけど、森の中は、静かすぎて、虫もいて、何か得体の知れない動物もいて、とても、ここでは死ねない…と思って、山を下りてきた。

吊り橋まで戻った時、やっぱり、日常に戻る勇気もなくて、吊り橋の上から、谷底を眺めた。ここから、落ちたら死ねるかな〜?そんなことを考えていたら、バランスを崩してしまった…。

橋から落ちる…落ちた…と思った瞬間、死にたくない。と思った。
走馬灯というけれど、短い間に色々なことが頭をよぎった。


もうダメだ…、死ぬ。

ドスンと大きな音がして、私は死んだ。


と、思った。

目が覚めた時、私の身体はあちこち痛くて、死んでいるのかどうかすら、わからなかった。

霞んだ目をこすると、私の目の前には、私によく似た女の子が横たわっていた。おかしなことに、私が着ていた服と全部同じ。持っていたものと全部同じ。

あっ、これ、私だ…。
そう気がついた時、私は死んだんだな…と思った。

幽霊になった私は、私のことを揺らしてみる。
幽霊でも、触れることが出来るのか、私が押すと、私の身体はゆらゆら揺れて、私は、ハッと目覚めた。

え?私の体が目覚めた?

何が起きているのか、全くわからなかった。
意味がわからなかった。

ただ、私は、幽霊になった。
そう思う他、ありえないことだと思った。

だけど、ゆらした手が、視界に入った時、霞んだ目をこすった時、確かに違和感を感じていた。

「ヒト、はどこ?」
私の体は、私に向かって私の声で言った。

(ヒトって、何?)
声にだしたつもりが、声にはならなかった、
だけど、私の体は、私の言うことがわかったのか、

「ヒトが落ちてきたでしょ?」
と言った。

(落ちたのは私。)
そう心の中で答えると

「君は、僕の仲間だよ。だって、くまだもん」
と言った。

(くま?)
私は、手をまじまじと見た。
足も見た。
黒くて毛深い…。

恐る恐る、川の方にいって、私の姿を水面にうつしてみた。ぬいぐるみにも見えたけど、小熊の姿をしているようだ。

(くま…だ…ね…)
ぎゃー。

昔見た映画で、男の子と女の子が入れ替わってるのを観たことがあるけど、数年前流行ったアニメ映画にも、そんなシーンがあったけど、まさに、熊と人間、入れ替わってる??

そんなこと、ある??

アニメ映画の主題歌だか、挿入歌だかが、謎に頭の中にずっと流れていた。

(くまさん、私とあなた、入れ替わったみたい)
心の中でそう言うと

私の体は、
「えっ、僕、ヒトになったの?」
という。

「僕、ヒトが落ちてきたから、そこまで走った覚えがある」というと、

(私を助けてくれたの?)
と声にならない声で言った。

「助けたつもりじゃなかったけど、体が勝手に動いたんだ」
と、私の体は言った。

(ありがとう、助けてくれて)
私はそう言ったものの、これからどうしようか、正直困っていた。

「僕のママのところに行く?」

そう聞かれたけど、私は、ぶんぶんと大きく首を振った。

(君のママ、私の体に君がいることわからなくて、すごく、怒っちゃうと思うよ)
そう言うと、その場面を想像し、体が震えた。

「そうなったら、僕は死んじゃうの?」

(私の体が死んじゃったら、君も居なくなっちゃうかもしれないね)
と言うと

「そんなのいやだよ」
と私の体の中にいるくまは言う。

(そうだよね…)
私は、ショルダーバッグに入れてあったエコバッグに、クマの身体が入らないか試してみた。

(入った)
「入った」
ほぼ、同時に言うと、私の体はそれをヒョイと抱き抱えた。

(動かなかったらぬいぐるみに見えるよ)
(私の家まで行こう。私の言う通りにしてくれたら大丈夫だよ)
不安がるくまを説得して、くまの体に入った私は、道案内を始めた。

(私、中野レイ。誰かがいる時は、私としゃべっちゃだめだよ。)そう言って、住んでた部屋まで来た。

そこから、私とくまの共同生活が始まった。

私の寝床は、押し入れの上半分になった。



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