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つんつるてんのおっさん 〜おっさんの脳内に住むおっさん〜

俺は頭の中のネタを探す時、頭の中をイメージする。
頭皮を通過し、さらに頭蓋ずがいも通過、そして脳内へ──。
前頭葉を立体化し俯瞰で眺め、頭蓋区前頭葉3丁目8番地5号の辺りの皺をそっと押し広げてみる。

そこにいるのはネタではなく、つんつるてんのおっさん。
上裸にステテコいっちょで小太りのソイツは、前頭葉のヒダを枕にお釈迦様よろしく、微妙に横柄な態度で横たわっていやがる。
いつもコイツは呼びかけると「ん?」と反応するものの、何を尋ねてもニタァと笑うのみで、存在に意味が有るのか無いのかも分からぬ盲腸のようなヤツである。

「おい、つんつるてんのおっさん!」
「ん?」と言って上半身を起こし、胡座を組む。垂れた乳の肉はエロさなど感じるはずもなく、ただただ見苦しい。小太りのおっさんなので至極当然の帰結である。

「いつも思うが、なんでそこにおるんや?」
ニタァ。

「今日もずっと寝とったんか?」
ニタァ。

つくづく思う。
こいつの存在に何の意味があるのか? と。
それでも俺はおっさんに尋ねる。

「文章を書くのにおもろいネタを探しとるんやけど、なんぞないか?」
ニタァ。
笑った後、ある方向を指差す。

「あっちにネタがあるんか?」
ニタァ。

「まあええ、とりあえず見てみるか」
そう言って、つんつるてんのおっさんが指差した4丁目23番地2号の辺りの皺をそっと押し広げてみる。

そこにあったのは小さめの卓袱台ちゃぶだいだった。
それをつまみ上げ、つんつるてんのおっさんに言った。
「俺が探してんのはネタや言うとんねん。こんなんちゃうねん」
ニタァ。

俺は大きなため息をついた。
「おっさん、これいるか?」
ニタァ。

俺はつんつるてんのおっさんの前に卓袱台を置いてやった。
卓袱台の向こうに胡座を組んだつんつるてんのおっさん。見た目の収まりは良くなった。

ただそれだけである──。

「いや、俺が忘れてるようなネタが脳内に転がってへんかなって、ここに住んどるお前に聞いとんねん、分かるか?」
ニタァ。
そして、2丁目15番地3号を指差した。その辺の皺をそっと押し広げてみる。そこにあったのは……、

湯呑み──。
寿司屋でよく見かけた、魚字がびっしりと書き込まれたヤツである。
俺は本日二度目の大きなため息をつきながら、湯呑みをつまみ上げて卓袱台の上に乗せてやった。
つんつるてんのおっさんの生活感が上がっただけであった。

「おっさん、話を聞いとるか? 俺はネタが欲しいんや。おっさんの福利厚生のために来たんやないねん」
ニタァ。

いや、こんなヤツでも30回に1回ぐらいは、ネタになりそうな昔の記憶の場所を指差すことがあるのだ。まあそんな確率を世間では「まれに」と言うのだが。

「おっさん、今日はネタがあるか分からん感じか?」
ニタァ。
笑った後、おっさんの座る3丁目から少し離れた8丁目方面を指差した。
俺は3番地の辺りを指差し「この辺か?」と尋ねると、つんつるてんのおっさんは、ふるふると頭を横に振った。
俺は4番地の辺りを指差し改めて「この辺か?」と尋ねると、またもふるふると頭を横に振った。
「じゃあこの辺か?」と5番地を指差すと、つんつるてんのおっさんは大きく頷き、上げた顔はニタァ。

そっと脳の皺を押し広げてみる──。
そこにあったのは冷凍機能のない小型の冷蔵庫だった。そいつを摘み上げつんつるてんのおっさんに見せるとニタァと笑い、両の手を頭上でぶんぶんと振って喜びを表していた。
まるで無人島へ漂流した人が、彼方に船を見つけた時のようである。

つんつるてんのおっさんの左隣に冷蔵庫を置いてやると、早速そこから何やら取り出し卓袱台に置いた。よくよく凝視すると、それが皿に盛り付けられたカプレーゼと一組の黒い箸だと分かった。
「お、美味そうなもんを出してきたな……」
俺はゴクリと唾を飲み込みながら、見た目に似合わんものを食いよるなと思った。
つんつるてんのおっさんはさらに冷蔵庫を漁り、1本の瓶を取り出し卓袱台に置いた。
「ん? それって……ちょっと見せてくれ!」
そう言って瓶を摘み上げた。
つんつるてんのおっさんは立ち上がり飛び跳ねながら、頭上で腕をばたばたと振り回し、涙目ながらに抗議の意思を表した。
「取り上げへん! ちょっと見るだけや! 待っとれ!」
つんつるてんのおっさんはトボトボと卓袱台の前に戻り、猫背で項垂うなだれながら涙目のまま胡座を組んだ。
俺は摘み上げた瓶を凝視した。つんつるてんのおっさんと比較すると、その瓶は1升瓶ではなく四号瓶(720ml)っぽかった。瓶の下半分に貼られたラベルをよく見ると……
「純米酒 七本鎗しちほんやり」の文字。
その上には襷状に斜めに貼られた長細いラベル。
「限定活性にごり酒」の文字。

瓶を卓袱台の上に返すとつんつるてんのおっさんは、そっと、ゆっくりと栓を開ける。瓶と栓の間からシューッと音が漏れた。

「おい、それ……」

俺は数年前に想いを馳せた。
GWに行った滋賀県への家族旅行。その時はまだ、愛猫りんたはいない。

車で通った琵琶湖の畔、青々と茂ったメタセコイア並木。
彦根城でひこにゃん、「ラ コリーナ近江八幡」で食べた「これじゃない感」が強かったオムライス。

そして──宿の近くにあった冨田酒造で買った「限定活性にごり酒 七本鎗」

宿での夕食の後に部屋で呑んだそれは、火入れをしていないことで瓶内発酵が進み、シュワッとした発泡感がありつつ仄かな甘味と酸味が相待って、日本酒というよりはシャンパンに近いと思わせる味わいだった。

俺はもう一度ゴクリと唾を飲み込んだ。
「それ、美味かったよな……」
そう呟く俺の前で、つんつるてんのおっさんは魚字がびっしりと書き込まれた湯呑みで七本鎗をちびりちびりと呑みつつ、カプレーゼを口に運んでいる。
表情は満面の──ニタァ。

「全く……美味そうに呑みやがって……」
そうなるとネタのことより美味い酒を呑みたくなるのが、ダメなおっさんの常である。
「きおか、まだ開いてるかな……おっさん、また来るわ。じゃあな」
つんつるてんのおっさんは、こっちに向かって手を振りながらニタァ。

脳内を後にした俺は、日本酒とベルギービール、焼酎の品揃えが豊富と評判の「酒店きおか」へ、亀泉かめいずみCEL-24を買い求めに、チャリを走らせたのだった。

きおかで七本鎗は売ってへんからな──。



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