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“わたしの時間”を持つたびに感じた、ちょっとした罪悪感について。


“私だけ休んでいいのかな” — この言葉が頭をよぎるとき、わたしは罪悪感という名の影を感じる・・・。


前回の記事で書いた「わたしたち夫婦の1人時間ルール1人時間を持つことの大切さについて」。



記事の中でも少し触れていますが、この仕組みを作るまでに、実はハードルがありました。
それが、“罪悪感”


たとえば、子どもたちを夫に任せてカフェに出かけるとき。
背中のあたりに、なんとなく「そわそわ」した気持ちが残る。
「私だけ休んでいいのかな」「夫は大変じゃないかな」って。

1人時間を過ごしていても、
頭の片すみには家のことが浮かんで、完全にはリラックスできない。
それでも「また行きたい」と思う自分がいて、
そのたびに、少しの後ろめたさと、少しのうれしさが入り混じっていました。


罪悪感って、不思議。
悪いことをしているわけじゃないのに、
「母親なのに?」「家族を置いてまで?」と、自分を責める気持ちが顔を出す。

でもね、最近思うのは、
この罪悪感は、家族を大切に思っているからこそ生まれるものなんじゃないかということ。
ちゃんと向き合って、やさしく扱ってあげれば、
それは“わたし時間”をもっと豊かにするきっかけになるのかもしれません。


なので今回は、母親なら誰しもが抱きがちな、この罪悪感という感情。
わたしなりの付き合い方を深掘りしていきたいと思います。

今、この瞬間、まさに同じような気持ちになってしまっているママたちに届けばいいな☘️


💭どうして“母親”は1人時間に罪悪感を感じるのだろう・・・。


わたしの場合――

🔸フルタイムで働いていて、子どもは朝から夕方まで保育園。
 そのうえで「自分の時間まで欲しいなんて」と思ってしまう。
 子どもと過ごせる時間が少ないのに、
 さらに自分のことを優先するなんて、
 とんでもないことをしているような気がしてきちゃう。

🔸近所のお友達のママたちは、みんな専業主婦。
 平日でも子どもと一緒に公園へ行っていて、
 その姿を見かけるたびに、
 「私は何かを犠牲にしてるのかもしれない」と比べてしまう。

🔸いざ出かけようとすると、子どもが泣いて引き止める。
 「早く帰ってきて!」「何時に帰ってくるの⁉」
 そんな言葉を聞くたびに、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
 “こんな思いをさせてまで、1人の時間が必要なの?”って。


母としての自信の無さ、妻としての自信の無さ。
自分自身に自信が持てないことで、「1人時間が欲しい」と思っている自分自身にまで自信を持てていなかった。

もしかしたら、罪悪感の正体は自信の無さなんじゃないか・・・。
わたしだけじゃなく、世の中のママたちは正解のない子育て・ママという役割に自信を持てていないんじゃないか。

誰かと比べては、「わたしはあの人みたいにできていない」
「あの子のように、のびのびと育ててあげられていない」
「あの奥さんみたいに料理上手じゃないし、綺麗じゃない」

心の奥底にある、これらの感情がポジティブなわたしに罪悪感を植え付ける。そんな構図・・・。


罪悪感とうまく付き合えるようになったのは、他の誰でもない家族の存在があったから。


わたしの夫は、いい意味でドライな人。
共働きである以上、家事も育児も、資産形成も、
「協力してやっていくのが当たり前」というスタンス。
それは、わたしの“夫育て”の成果でもあるけれど(自画自賛👏)、
もともと彼の中にある、そういう許容の感覚にも助けられています。

そして、夫のお母さん――
3人の子育て経験者で、学童の先生。
大雑把で、でもとてもあたたかい人。
わたしに対してはいつも
「手を抜けるところは抜きましょう」と言ってくれる。
その言葉が、いつもどこかでわたしの支えになっている。


自信の無いわたしに、協力者が現れた。
それは共に子育てをしていく同士。夫婦という絆。
わたしのできないところを、理解して、頑張らないことを頑張るようにと教えてくれる義母。

わたしの抱く罪悪感を丸ごと包み込んでくれる、
そんな存在がここにあった。


罪悪感とどう向き合うか。それは罪悪感ごと自分を受け止めること☘️


ただ、子どもたちは、パパがドライな分、どうしてもわたしの方に気持ちが寄る。
だから、わたしが出かけようとすると「置いていかれる」と感じるのかもしれない。

機嫌が良いときは「行ってらっしゃい」と笑ってくれるけど、
泣いて引き止められる日ももちろんあります。
「何時に帰ってくるの?」「早く帰ってきて!」
そんな声を聞くたびに、胸の奥がきゅっと痛む。
そのたびに、
“寂しい想いをさせてないかな”と考えてしまうんだよね。


でも、その気持ちはきっと、
わたしが子どもたちを心から大切に思っている証拠なんだと思う。
だからこそ、葛藤する。
“子どもが大好きなわたし”と、“自分を取り戻したいわたし”の間で揺れながら。


罪悪感を感じるのは、
母としての愛がちゃんとあるから。
家族を思う気持ちが強いから。

だから、もう無理に手放そうとは思わない。
むしろその気持ちごと受け止めながら、
「ごめんね」ではなく「ありがとう」に変えていきたい。

たとえば、1人の時間を過ごして帰ってきたあと、
子どもの顔を見て、自然と優しくなれる瞬間がある。
そのときふと、「この時間は必要だったんだな」って思える。

「ママ!今日は何してきたの?」
「ゆっくりお買い物できた?」
今では子どもたちも、わたしの1人時間に興味津々!

“母であるわたし”と、“わたし自身”のどちらも大切にできたら、
きっと家族も、もっとこんなふうに穏やかに笑える。

罪悪感と仲良くしながら、
これからも小さく“わたし時間”を続けていこう。
家族を大切にしたいからこそ、
わたしの心も、ちゃんと満たしてあげたい。


これがわたしの出した答え。


☘️あなたはどんな“わたし時間”を育てたいですか?


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