たゆたうじいさんと夜明け前の灯(つづき)
たゆたうじいさんと夜明け前の灯(つづき)
夜明け前の灯は、じいさんが思っていたよりも長く、静かに燃え続けていた。
お芯が短くなっているのに、炎は急ぐ気配を見せない。ただ、息をひそめるように、わずかに揺れている。
じいさんは囲炉裏のそばに腰を下ろし、両手を膝に置いた。
若いころなら、こんな時間に起きている理由を探したものだ。
仕事の段取り、明日の支度、あるいは心配事のひとつやふたつ。
だが今は違う。
「起きておるから、起きておる」
それで十分だった。
外では、まだ鳥の声はしない。
闇は深いが、重くはない。
夜と朝のあいだにある、名もない時間が、家の中に静かに満ちていた。
じいさんは、ふと自分の来し方を思う。
大きな出来事は、すでに遠くにある。
喜びも、悔いも、怒りも、どれも角が取れて、丸くなった石のようだ。
行く末のほうは、あまり考えない。
道があるのか、坂なのか、それともすぐに途切れるのか。
それは、その時になればわかることだ。
灯の炎が、ひときわ小さくなった。
じいさんは立ち上がり、油を足そうかと一瞬考えたが、やめた。
消えるなら、消えるでよい。
夜明け前の灯は、夜を追い払うためにあるのではない。
ただ、闇の中に「ここに人がいる」と知らせるだけでいい。
そのとき、遠くで、かすかな音がした。
風でも、獣でもない。
朝が、体を起こす音だった。
じいさんは戸口に立ち、外を見た。
東の空が、ほんのわずか、薄墨を流したように明るんでいる。
「来し方も、行く末も、よう似とるな」
誰に言うでもなく、そう呟く。
背後で、灯がふっと消えた。
だが、もう部屋は暗くなかった。
じいさんは、ゆっくりと息を吸い、朝へと一歩、足を運ぶ。
たゆたう歩みで。
急がず、遅れず、ただ今日という一日へ。
