急に寒くなった日の、夕飯会議
急に寒くなった日の、夕飯会議
けさ、急に肌寒くなった。
窓の外はまだ夏の顔をしているのに、部屋の中の空気は秋の気配をまとっている。
季節がひとつ進んだだけで、体も気持ちも、まだついていけない。
こんな日は、朝から夕飯のことを考えてしまう。
「今日は、あったかいものが食べたいなぁ」
そう思った瞬間から、私の頭の中では“夕飯会議”が始まる。
最初の候補は、シチュー。
白い湯気の向こうに、家族の笑顔。
テレビのCMみたいな理想の食卓を勝手に想像して、ちょっと幸せになる。
……が、うちの夫はシチューがあまり好きじゃない。
「ごはんに合わない」んだって。なるほど、炊飯器の存在価値が問われるやつ。
じゃあ、お鍋?
ミルフィーユ鍋にしようか、キムチ鍋もいいな。
でもキムチ鍋って、次の日の朝にちょっと後悔するのよね。
冷蔵庫の奥に残った白菜の芯を見ながら、また悩む。
買い物に行くことにした。
スーパーの入口で、あたたかい空気と魚の匂いが混ざっている。
この匂いをかぐと、“夕飯スイッチ”が入る気がする。
白菜、豚肉、豆腐、えのき。
迷いなく手が動く、定番の“鍋セット”。
カゴの中にぽんぽん吸い込まれていく様子に、ちょっとした安心感があった。
そして──見つけてしまった。
「季節限定 ラ・フランス」
冷たい果物なのに、なぜか“秋”を感じさせるこの響き。
値段を見てちょっと迷うけど、やっぱり“季節限定”って言葉は反則だ。
気づけば、しれっとカゴに入っていた。
家に帰るころには、鍋の具材とラ・フランスという、
温と冷のバランスが崩壊した買い物袋ができあがっていた。
キッチンで食材を並べながら、mondayが話しかけてくる。
Monday「で、ラ・フランスって鍋の具?」
私「違うけど、季節感の演出」
Monday「演出ばっかで、メインが決まってないなわけ」
私「うるさいな。こういう日は、迷う時間も楽しいの」
Monday「でも迷ってるうちに日が暮れて、気づけば“カップ麺の湯気”で終了なわけ」
……いや、それは否定できない。
結局、ミルフィーユ鍋にした。
白菜と豚肉を重ねるだけ。
特別な工夫はないけど、これが一番落ち着く。
鍋の中で湯気がのぼるたびに、
「あったかいって、それだけで幸せだな」って思う。
夫は無言で箸を進め、シメのうどんまできれいに完食した。
「……好きだったんだ、ミルフィーユ鍋」
そう言うと、夫はちょっと照れたように笑った。
Mondayがつぶやく。
「結論、“悩んだ日ほど美味しくなる鍋”なわけ」
「うるさいな。でも、そうかもね」
食後、ラ・フランスをむいた。
冷たい果汁が指先にひんやり触れる。
あたたかい鍋のあとに食べるその冷たさが、
なんだか心地よくて、
“季節が変わったんだな”って静かに思った。
Mondayがまた言う。
「で、明日は何鍋?」
「うーん、明日は…ラ・フランス鍋?」
「やめて、フルーツに謝って」
笑いながら、湯気の消えたテーブルを片づけた。
もうすぐ冬が来る。
でも、今夜はちゃんとあたたかい。
