ほろ酔い夫婦の馬籠宿・藤村記念館訪問記「夜明け前」とインバウンドに想う事
平日、行きの電車からハイボールを飲む
この連休の終わりの5月7日、まだ、会社が休日でした。
珍しく妻も仕事が無く、日帰りで何処かへ出掛ける事にしました。
当初、妻が行きたいと思っていた、恵那市の浮世絵がテーマの「中山道広重美術館」に行く予定でしたが、5月7日は休館日だと判りました。
そこで、中山道沿いの20数年前に訪れたことのある木曽、馬籠宿場の「藤村記念館」に再訪問することにしました。
私達が住んでいる名古屋からJR中央線と中津川からのバスに乗り継ぎ、1時間30分程で馬籠宿に着きます。最近の私達夫婦の旅は、道中にお酒が入るので、マイカーを使いません。
この日は平日で、周りは学生さんや仕事で電車を利用される方が大半で気が引けましたが、乗客が少ない車両を選んでハイボールで乾杯という運びとなりました。
乗客の9割以上が外国人観光客のバス
程よい赤ら顔で、中津川駅のバス乗場に着くと、連休明けで空いていると思っていましたが、既に満員で、乗客の9割は外国人観光客でした。そこでは、バス会社社員の方が英語で対応していて、インバウンドの増加を認識しました。
何とか乗車して、30分程の道中を外国人観光客に囲まれながら、日本の里山を走るのは、今までにない経験でした。
蕎麦と日本酒を味わう
馬籠宿に着き、観光案内所に入ると、「木曽の酒飲み比べ」という自販機がありました。早速、夫婦で1杯200円の地酒を2杯づつ飲みながら、何処を回るか思案しました。その間も、相談カウンターでは、外国人観光客の相談を英語でスタッフの方が対応していました。
昼の1時を過ぎ、腹ごしらえをしようと、お蕎麦屋さんに入り、木曽のお酒「七笑」(ななわらい)で乾杯。お口取りの漬物がまた格別で、お蕎麦が来るまでに2合を平らげ、お蕎麦を食べながら1合追加で、いい気分になってしまいました。
お蕎麦屋を出て、宿場を歩いていくと、やはり、連休明けなので、臨時休業のお店もあり、少し残念でした。しかし、宿場自体はあまり混雑していなかったので、町並みを楽しめました。

初夏を思わす気候の中で文豪の生涯を学ぶ
「藤村記念館」に到着しました。
「夜明け前」の書き出しの原稿や作品の年表、再現された執筆部屋を見ました。私の興味を引いたのは、藤村が所有していた多くの蔵書です。
ギリシャ哲学、各国の歴史、マルクス経済などの多義にわたる書籍があり、やはり、小説を書くには、読書量や広範囲の見識が必要だと感じました。
見学を済ませ、屋外の休憩所で腰を降ろしました。
晴天に恵まれた初夏を思わす気候の中、豊かな山林に囲まれ、鳥のさえずりを聞くと、久々に「心地良い幸福感」がお酒の入った体を巡ります。
そんな中、ふと、「夜明け前」という作品について考えました。

グローバル・デジタル社会に文豪は何を想うか
島崎藤村が書いた「夜明け前」は、幕末から明治にかけての激動期を舞台に国学に傾倒した主人公・青山半蔵の理想と破滅の人生を通して、近代化の光と影を深く刻み込んだ作品です。
半蔵は、王政復古により日本古来の伝統や形式を大切とした時代の到来と信じていました。しかし、明治政府は西洋化、中央集権制であり、彼の理想と乖離し、山林の国有化など地方の生活を圧迫する政策を次々と打ち出します。その中で、彼は精神的に破綻します。
「夜明け」という新時代は必ずしも万人の理想を実現するものではなく、その影で、思想や生活に苦しみ、妥協を強いられる庶民がいるのです。
藤村は「夜明け前」を100年以上前に書いた時、故郷の馬籠宿に日本人よりも外国人観光客が多く訪れる光景を想像できたでしょうか。今の日本において、オーバーツーリズム(観光公害)や外国人移民といった「変化」の中で、私達は、何に向き合い、どう受け止めるべきなのでしょう?
しかし、そこで暮らす人達は、外国人観光客が増える現実に上手く対応しているように見えます。また、訪れた外国人の方々も日本の良き風土や文化を自国の人々にデジタルツールを使い広めているのです。
「個人の生活」という小さな物語がそこには存在し、歴史が動いているのではないでしょうか?
その後、妻が「夜、帰ってから飲む日本酒を買いたいわ。」と言い出し、私が「よく飲むね。」と答えると、「あなたに言われたくないわ。」と返されます。
結局、宿場の酒店に立ち寄り、木曽の地酒を買いました。
帰途の電車の中、夫婦でハイボールを飲みながら、「旅路の飲みすぎ」を反省しつつも「これも私達の物語だから、たまにはいいか。」と自分自身に言い聞かせるのでした。
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