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『知的な生き方を目指しませんか?』ネット炎上に見る「批判する人」について想う事

どこにでもいる批判大好きな人(私もそのひとり)

 会社組織や地域コミュニティなどで、批判が大好きな人がいます。
「あなたの考えはおかしい。」
「あの人は常識がない。」
「なんで、こんな事も出来ないの?」
「だから言ったでしょ。失敗すると思った。」
  今振り返れば、私自身、こういう発言を山ほどしてきたと思います。
  どうして人は、批判が好きなのでしょうか?
  批判とは何か。健全な社会構築をするにはどうすればいいのでしょう?

ネット炎上、キャンセルカルチャーは人間の本性?

 なぜ人は、SNSを通じて、自分の人生に関係のない人や事象に対して攻撃的に発言するのでしょうか?ネット上に限らず、カスハラなど「理不尽な言いがかり」を躊躇無く発言する心理はどこから生まれるのでしょうか?
 現代人は、社会性を重視して、生存競争に生き残った末裔です。
「自分は正しい」という意識は、報酬系ホルモンの分泌を促し、脳内の快感を得ます。つまり、「あなたの事を想って」ではなく、正義を振りかざす事が「気持ちいい」からなのです。
 しかし、それにより傷つき、悲惨な結末を迎える人がいるのも事実です。

過激な発言や誹謗中傷を減らす対策の難しさ

 匿名の禁止、名誉毀損罪の厳罰化、プラットホーム企業対策として、AI導入やIPアドレス開示の簡素化などの抑止力も徐々に効果はあるようです。
しかし、統計的に誹謗中傷に伴う炎上案件の減少には至っていません。
 大切なのは、被害者の救済であり、誹謗中傷発言すれば、どのような社会的責任が生じるかを考えさせる仕組みを構築し実施するべきでしょう。
 今の日本は、「被害者救済の為の規制」と「表現の自由」という不安定なバランスの上に立っています。
 過剰な規制は拡大解釈を呼び、政府の都合のいい規制や言論の統制に拍車をかけるかもしれません。日本は、「自分が正しいと思う事」を発言できる国であって欲しいと思います。
 しかし、その運用に問題があれば、社会の分断が進み、国内外を問わず、不安定で混沌とした世界が訪れるかもしれません。  

冷静に考える時間こそが重要

 SNSは、「即時に投稿、発言が出来る」仕組みがあります。それは、SNSの長所であり短所ですが、批判的な投稿をする場合は、思いついた事を即時に投稿するのではなく、例えば、肉親や親友がこの投稿を読んだ時、どう感じるか、本当に共感してくれるのか?など、独自の自分のルールを考え、冷静に考える時間を設けるといいかもしれません。

評論して、批判する

批判(criticism)
・対象の欠点
・問題点を指摘する行為
・多くの場合、価値判断が含まれる
・「何が悪いのか」「どこが問題なのか」を明確にする
・社会的影響が大きい場合、発言者に一定の責任が伴う
批評(review / critique)
・対象を分析し、評価し、理解を深める行為
・良い点と悪い点の両方を見る
・目的は「価値の理解」「解釈の提示」「議論の促進」
・批判よりも学術的
・中立的・構造的
批評は、対象を「よりよく理解するための営み」であり、 必ずしも否定を目的としない

AIによる「まとめ」

 炎上やキャンセルカルチャーを促進する人達は、「安易な正義感」を盾に「攻撃的発言」をしているのではないでしょうか?また、SNS上で、「何か言わなければ」が脅迫観念になり、それがエスカレートし、誹謗中傷につながるのです。
 例えば、不祥事を起こした人について、「この人は、どうしてこのような事をしたのか」、「その背景に何があるのか」、「心情的に理解できる部分はないのか」といった事を考える事が大切だと思います。
 そのうえで総合的に判断して、「あなたのこの部分が間違っています。」を丁寧な言葉で発言するのが健全な批判なのではないでしょうか?
 「まず、批評して、最終的な結論で批判する」が正しいと思います。
 理解出来ないものは、安易に発言せず、「沈黙する」判断も必要です。

知的な生き方を目指す

 批評をするには、対象の分析、評価、理解が必要になります。それが出来るようになるには、私たちは、「知的である事」が必要だと思います。
 出口治明氏(ライフネット生命会長)は、人生を豊かにするものは、「読書、人との会話、旅」と述べています。出口氏は、無類の読書家として知られていて、多くの読書についての著書もあります。
 私たちが身近で、一番、知的財産を得る方法は、読書だと思います。もちろん、新聞、雑誌、動画など、自分の興味のある事や教養を高めるメディアは多数あります。自分に合った方法でいいと思います。
 それを基に論理的に「自分はこう考える」を意識する人が増えれば、攻撃的な発言や誹謗中傷する人は、少なくなるのではないでしょうか?
 
 私は、人生の後半に差し掛かる時期です。
 もっと教養ある自分だったら、不用意な発言での「やらかし」を減らせたかもしれませんし、違う人生を送れたかもと感じます。
「沈黙は金」という格言もありますから。
 遅くはないですかね?人生100年と言われるので。
 冬の長い夜に読書をしながら想う事を綴りました。

参考文献 
山口 真一著 「正義を振りかざす「極端な人」の正体」 光文社新書
橘 玲著 「バカと無知」 新潮新書
出口 治明著 「教養が身につく最強の読書」  PHP文庫


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